///09.Perfume///
コンビニで車を降りてからさほど時間は経ってはいないものの肌に感じる風はいつしか心地よい涼しさから冷たさを感じるようになっていた。
「ちょっと冷えてきましたね」
「大丈夫?上貸そうか」
から一足遅れでサービスエリアの駐車場に足を付けた木村はそのまま後ろのドアを開け、後部座席から薄緑色のカーディガンを取り出した。
「これ使いなよ」
と、腕をさするへと差し出すが躊躇する細い指はなかなかそれを掴もうとしない。
「心配しなくてもちゃんと洗濯してある」
「そんな心配してませんって」
「ほら」
木村が再度目で訴えかけるとはようやく遠慮がちにカーディガンを手に取った。
「木村さんは寒くないですか?」
「むしろ車ん中だとちょっと暑くて、家出る時羽織ってたけどすぐ脱いだくらい」
「そうですか」
とまどいなく答える木村の様子を見ての心配そうな顔が幾分穏やかになる。またも通り過ぎる風に身震いしたはおずおずとカーディガンを広げた。
「ではありがたくお借りします」
駐車場に停まる色とりどりの車をすり抜け、建物の入口を目指しながらは自身より肩幅広めのカーディガンに袖を通す。生地が擦れ合いふわりと舞い上がった爽やかな香りは洗剤や柔軟剤より華やかな印象ながら空気にしっとりと馴染むアクアノート。にとって初めて出会う匂いではない。そして感じるのはいつも彼と居る時だけだった。
「木村さんってどこの香水使ってますか?」
「あ?どうして?」
「お洋服、とてもいい匂いします」
「……どうも」
返ってきた声が思いのほか低かったせいか顔を上げたから木村は不自然に顔を背けた。
「こ、香水な。えーっと」
ほんのり赤ら顔をごまかすようにポケットに両手を突っ込んで木村が挙げた名前は車内で話題が出た棒人間のところとは別のファッションブランドだった。
「車にあるからアトマイザー持って帰る?」
「えーっ!そこまでしてもらったら申し訳ないですよ」
慌てて手を振るの動きに合わせて木村の元にもほのかに香水の匂いが漂ってきた。嗅ぎ慣れたハズの匂い。でもどこか普段と違って感じるのは愛用の香水に淡いミルクのような肌の香りが混じっているからだろう。
纏う人間が違うだけでこうも変わるのか、そう思うと同時に今より一つ階段を上がった関係としてと過ごす憧れがわずかながら現実に落とし込まれた気分が木村を襲った。
「もう残り少なかったハズだから全然いいよ。男女兼用でいけるタイプのだしちゃんが使ってもおかしくないと思うし」
「うーん。でも……」
「同じやつ使ってくれたら嬉しいから」
まだ霧のような理想を消し去りたくない。さりげない感情表現から少し欲張ったのが にも伝わったのか、下を向いたは少考したのち分かりました、と彼の申し出を受け入れた。
上がる心音と体温。またも浮かぶのはカロンの香り。
2022.10.08