///08.Food///
青木と木村。幼稚園からの腐れ縁である二人は似た者同士だが、恋愛面においては片や恋人と一つ屋根の下で暮らし、片や想いを募らせる相手と長年もどかしい関係が続いている。
どこで差がついたのか。答えは木村のこの返答に表れていると言って過言ではない。
「オレがあんなコト言ったから気い遣うよな。ゴメン」
「いえ!そういったワケでは!」
「無理しなくてもいいぜ」
顔色を見て相手の意見に迎合する。いわゆる「空気を読む」能力はしばしば「気遣い」に言い換えられるが恋愛を発展させるには障害となりうる時がある。例えば?今の二人のような時だ。
「ホントに違うんです。でも……さっき話されてたみたいにゆっくり過ごす予定でしたらすみません」
差し出された好意を勘ぐって遠慮する。それに対してまた一方が「気遣い」を見せる。そうして一向に進展しない間柄を保っている木村とも、青木とはまた違ったところで似た者同士だった。
「全然全然!ただちゃんに悪いなってだけでさ」
「私もせっかくお誕生日近いですし、誰かと観た方が思い出になるかなと思っただけで……私でよければ、ですけども」
「何言ってんだよ。オレにとっちゃこの上ないよ」
互いに及び腰の応酬が続き、ほんのり滲んだ瞳では次の言葉を考える。自分の意見をいつまでも押し通すのはあまり得意じゃない。曖昧にはにかんでこの話を終わらせるコトも出来よう。
「差し出がましい提案でしたら遠慮なく言ってください」
は控えめな後押しを最後に残して口を閉ざした。
心臓が早鐘を打つ。どうしよう。これでよかった?答えを聞きたい。聞きたくない。様々な思いを抱えて手に取る今と少し先の未来。
「……そんじゃ、お願いしよっかな」
繋ぎ合わせた両手の中に結び目が見えたら、は安心したように窮屈な表情を解いて膝の上に青いさざ波を起こした。
「よかったです」
「あくまでちゃんが義務で言ってんじゃないならな」
不安が差し引かれた唇には徐々に明るさが灯り、は未だ真面目ぶった言葉にしがみつく木村へ返事をして残りの日にする事柄を指折り数えはじめた。
「映画の題名教えてくれたら私先にビデオ借りておきます。ケーキも用意しますね、バナナがたくさん乗ってるのがいいかな。それから……何か食べに行きましょうよ!特別な日ですからどこか雰囲気のいいお店で。木村さんお食事は何が好きですか?和食?洋食?中華?」
なんでもいいよ、と言おうとした木村は祝われる側の自分よりも嬉しそうな様子のにふっと笑みを漏らし口を開く前に最近の記憶を洗い出した。
決して行き先を決めるコトにいいかげんなのではない。一緒に行く相手がなら場所など問わないのが本音だがそのまま口にすれば誤解を招くと思ったからだ。
「カレーはナニ食だ?前にちゃんがウマいって言ってたカレー屋なかったっけ」
「あります!お誕生日に行くようなオシャレな店構えではないですケド……」
「構わねえよ。店のムードまで気にかけてもらって悪いなぁ」
「だって木村さん、その場の雰囲気って重要ですよ。同じ牛乳でも家で飲む牛乳と銭湯で飲む牛乳は違います。でしょ?」
「……確かに」
同意を示す木村にはさらに持論を説き続ける。
「ピクニックで食べるサンドイッチとか、運動会で食べるおにぎりとか、それから」
「こういう高速のサービスエリアで食べるラーメンとか」
そんな二人の前にタイミングよく「SA」の標識が現れた。
「あ」
この先3km。目から入ってくる文字と頭に思い浮かべていた映像がリンクして腹の虫を刺激する。
「やべ。オレ、今猛烈にハラ減ってきた」
「私もです」
「……寄るしか」
「ない」
「よな」
甘い水……もとい甘い脂のスープに吸い寄せられた四輪の蛍がチカチカと赤い光を点滅させ、車線変更を行った。
2022.10.07