///07.Movies///
「ホントに、こうやって考えてくれてるだけで十分ありがたいから。プレゼントなんざ無くたっていいくらいだって」
「欲がないですね、木村さんは」
反論のスキを与えずさらに重ねられた木村の言葉を前にして、は主張のほころびを探すのを止め目をつぶった。
「そんなコトねえよ。ただちゃんのおかげで誰かにちゃんと祝われるのは嬉しいもんだなーってすげえ実感してんのよオレ。だいたい誕生日は一人で映画観たりして過ごすコトが多かったから」
「え?一人で……?」
「なんだよ。悪い?」
木村が早口で返したのはの問いに対して自分の答えに若干の後ろめたさを感じていたからだったが、の論点は彼が思っている部分と少し違う。
「そうじゃなくて!幕之内くんとかジムの皆さんとお祝いしないんですかってコトです」
「あー、ナイナイ」
試合の祝勝会は毎回欠かさない鴨川ジムの男性陣も誕生日に関しては皆淡白らしい。意外そうに相槌を打つに木村はさらに続けた。
「やるのは鷹村さんの誕生日だけだよ。あの人寂しん坊だから。他のヤツは家でやってんだろ」
「なるほど」
母親や久美と和やかに過ごす一歩、冗談を言いながら家族と笑い合う板垣、思い浮かべた二人の姿は想像に難くなく恋人のトミ子と同棲中の青木に至ってはもはや言葉など不要である。
「なら木村さんもお家で」
「それもナイ」
そうなれば当然木村も家族水入らずの一日を過ごすのだろう。そんなの予想は全て言い終わる前に苦く微笑む横顔に制されてしまった。
が見る限り店で見かける彼と彼の両親に不仲な様子は見受けられない。一人息子の誕生日、それこそプレゼントのひとつでも両親は用意しそうだが、なぜ?すっきりしない顔で押し黙るの元に落ちてくる理由はどことなくよそよそしかった。
「小さい頃は親もそれなりにやってくれたよ?でも改まって何かするってのは段々なくなったっていうか……まあ、いろいろあって……」
「いろいろ、ですか」
「……あんまり家に帰らなかった時期があったり、とかで。そう、いろいろ」
そう言ってバックミラーに映る運転手は決まりが悪そうにしかめ面を見せた。
ああ、そういうコトか。
木村の様子からピンときたは口元を緩ませた。
しどろもどろに聞こえてくる内容は人づてに聞いた、本人はあまり語りたがらない彼の昔話のコトだろう。つまり
「親不孝してた時に何かヒドいコト言ったんでしょ。で、今もお家でお祝いする習慣がなくなっちゃった、と」
「ぐっ……そういうこった」
観念したように肩を落とす木村の横で明確な笑い声が次々零れ落ちた。
「ご、ゴメンなさい」
「いーよ。本当のコトだし。だがな、きままにスキなコトして過ごすのも嫌いじゃなかったぜ。楽しいし悪くねえってな。でも……やっぱちゃんには感謝だよ」
耳に届いた「ありがとう」の返事の代わりにはゆっくりと頷いた。
腹の底から込み上げる先ほどの笑いとは違う、柔らかく淡い微笑を唇に湛えて。
「それにしても木村さんが映画好きなのは初耳です。私あまり詳しくないんですけどどんなの観るんですか?」
「ん?やっぱアクション映画よ」
これまでの問いかけには曖昧な回答が多かった木村が今回は意気揚々と声を弾ませた。
「車とか戦闘機とか予告にドッグファイトのシーンが入ってるとだいたいそれ選んで観てたなぁ」
「アクション映画の醍醐味ですね。ちなみにお気に入りの一作は?」
「学生の時観た洋画だな。戦闘機のパイロットが主人公ので毎年続編待ってんだけど全然発表ねえんだよ。懐かしいなあ。久しぶりに観たくなってきた」
しみじみと思いを馳せる横顔が透き通った瞳に映り込む。移り行く風景と、うっすら流れる音楽と、車の振動に呼吸を合わせ、スカートの裾をは握りしめた。
「そしたら今度レンタルビデオ借りて一緒に観ませんか?よかったら……お誕生日の日に」
「……ちゃん」
「木村さんの好きな映画、私もお付き合いさせてください」
2022.10.06