「そうだ、今日ちゃんに渡したいものがあるんだよ」
車内の話題が幾度か変わり、マスカットの香りもすでにぼやけた頃。飲んでいたペットボトルのキャップを閉めたに木村はグローブボックスを開けるよう促した。
「どうしてもちゃんにプレゼントしたい、ってチエちゃんから預かりもんだ」
「チエちゃん?」
木村の口から零れた名前は木村の家がある商店街に住む、魚屋の小さな女の子だ。送り主を知ったは眩しそうに目を細めダッシュボードの下へ手を伸ばした。
「白い袋ん中に入ってる」
木村の言葉通り小さく折りたたまれた袋が目に留まったはその白い塊を手に取り解いてゆく。やがて中から姿を現したのは子供向けのお菓子についているようなアニメのキーホルダーだった。ボールチェーンの先には蝶ネクタイを付けてすまし顔のイヌの絵が描かれている。
「これ魔女っコアニメの……あ」
うっすら見覚えのあるキャラクターからの脳裏にいつかの記憶が浮き上がった。
その日、木村との待ち合わせで訪れた商店街はいつもより騒がしかった。持病が悪化した魚屋の主人を病院へ連れていくと女将さんが表に車を回していたのだ。それに伴い近所の人々も手伝いに店の前へ集まっていた。
慌ただしい大人達の中で不安げに下を向く少女。と、心配そうに見つめる隣の彼。
「よっ。チエちゃん」
「達也くん?ちゃん?」
「こんにちは。ねえ、よかったら今日3人で一緒に遊ばない?」
こうしてその日、映画の予定はアニメのDVD鑑賞へ変更となったのだった。
「あの時私がお供のワンちゃんがカワイイって言ったから……ありがとうございます」
「お礼なら直接チエちゃんに言ってあげてくれよ。チエちゃんにゃ、あれから「今日はちゃん来ないの?」って聞かれっぱなしでさ。愛されてるねえ」
「あら。じゃあ近いうちに伺わないと。あ、袋ココ戻しときます」
笑いながらキーホルダーをバッグのポケットへしまい込んだは入っていた袋を丁寧に折り畳み、再びグローブボックスへと手を伸ばした。
「へ?そのまま持って帰れば?」
「申し訳ないですよ。これ、ブランドのショッパーじゃないですか」
の手にある肉厚なマット素材の袋は想像以上のなめらかさで手のひらをさらりと滑ってゆく。その上質な手触りの表面に印刷された棒人間のアイコンは特に夏、木村がよく着ていたTシャツの柄と同じなのをは記憶していた。
「木村さんが好きなブランドのですよね」
「お、そうそう。この前キーケース買った時のだな」
それを聞いてが運転席を見やると車の鍵から垂れる革には袋と同じ棒人間の柄が入っていた。
「前のは引っかけて金具壊しちまったんだ」
「……そーなんですねー」
本日最大級のヒントを得た。
当初の目的に立ち返り内心密かにほくそ笑んだはちらちら木村を見ながら更に質問を重ねた。
「ちなみにほかはどんなアイテム持ってます?」
「ここのはあとTシャツと……あっ、探り入れてるな。内緒だっ!」
しかしの思惑は早々に見破られ、答えは闇の中へ。
「えーっ!どうしてですか?!」
「答えたら言わなかったやつプレゼントに買ってきそうな気がして」
「ダメですか?」
「ダメです」
元々プレゼントの手がかり探しで設けた今日だというのにヒントを差し止めされてはどうしようもない。木村からは不服そうに膨らんだの両頬は見えていないが無言の言い分を何となく察し呟いた。
「だって女のコに高い金遣わすワケにいかねえよ。男として」
「またそういうコトを……」