にわかに忍び寄る不穏な空気には駐車場で別れを告げ、再び動き出した車の中は和やかな雰囲気と甘い匂いが漂っていた。
「んーっ、おいしい~!」
コンビニで調達したグミの袋を片手にすっかりご満悦のは飲み込んだそばからまたひとつ小さな粒を口の中へ放り込んだ。
「そりゃよかった」
「木村さんも食べてみてください。何味がいいですか?フルーツアソートなのでいろんな味入ってますよ」
「フルーツかぁ。じゃあバナナ」
「バナナ味……はすみません、無いです」
「えー」
残念そうに口をとがらせる木村へ向かっては袋の裏に書かれた文字を読み上げる。りんご、桃、オレンジ、ぶどう、マスカット。パッケージに描かれたイラストと同じ五種類の果物が出揃ったところで先ほどの名前をはもう一度繰り返した。
「バナナ。バナナ味のグミってあんまり聞きませんね」
「言われてみればそうだなぁ。なんかフルーツって聞いてパッと思いついちまった。よく食うからかな」
「お好きなんですか?バナナ」
木村は前を向いたまま頷いた。
「普通に美味いし、あと試合前食ったりな。コレは好き嫌いと言うよりエネルギー補給にいいって聞いたからだけどよ」
「あ、私もそれ聞いたことあります」
そんな話をしている間にもまた一つ緑色の案内標識が過ぎ去ってゆく。結局行き先は分からぬまま助手席に座るの手元で、袋の中の糖衣が車の振動に合わせてざらざらと擦れた。
どこに向かっているのだろう。期待と一抹の不安を胸に、はさらにそれを振って運転中の木村へ問いかける。
「残念ながらバナナ味はないですが、今言った中だとどれがいいですか?」
「あー、りんごとミカンと?あとなんだっけ。どれでもいいよ」
「はーい」
足元に落とさぬよう気を配りながらが慎重に一粒手に乗せたところで依然前を向いたままハンドルを握る木村はかぱっと口を開けた。
「え」
それがどういうコトかすぐに勘付いたは跳ねる心臓と共に小さくうめき声をあげた。
「だってオレ手ぇ離せねえもん。高速だし」
「そ、そうですよね。危ないですもんね。高速ですし」
「おう」
目を泳がせ背中のシートから体を離したは木村の運転を遮らないよう、ゆっくり運転席へ手を伸ばしてゆく。同じく前の車から目を離さないままほんの少し顔を寄せた口元へ先程が食べたものと同じ色の粒が転がり込んだ。
「……ぶどう?」
「マスカットです」
「違いが分からん」
「まあ、おんなじようなフルーツですから」
甘酸っぱい匂いが一層色濃く立ち込める中、脈打つ指先が掴む袋で紫色の粒がまたも擦れて音を立てた。