「そうだ、似合うと言えば」
何かを思い出したようにぽんと手を打ったは、赤信号を見つめる木村の顔を覗き込んだ。
「木村さんって普段大人っぽいお洋服が多いですケド、練習中のラフな格好も両方似合っちゃうのズルいなぁって思います」
「そんなにホメたってなにも出ねえぞ?」
変わったばかりの信号が再び青を灯すまでまだ時間がある。それでも前方から目を離さず指でハンドルを叩く木村の表情は満更でもなさそうだった。
「私、プロのボクサーってなんていうか……いかにも格闘家!って人ばかりだと思ってたので、初めて木村さんとお会いした時ちょっとびっくりしたんですよ。こんな穏やかな雰囲気の方もいらっしゃるんだーって。前からこういう系統のお洋服が好きなんですか?」
「そうだな。好きなのもあるし、まあ見てくれくらいカチっとしとかなきゃって思ってよ。ほら、家店やってるから」
「なるほどー」
は相槌を打ちつつ、自身が知りうるボクサーの顔を一人ずつ思い浮かべてみた。鷹村、青木、板垣。指折り数えながらが挙げた人物はそれぞれ方向性は違えど皆私服はカジュアルな者ばかりだ。
「幕之内くんの服装も落ち着いてますけど、最近じゃ鴨川ジムのTシャツが私服みたいになってますし、やっぱり大人っぽい系は木村さんと……あ、あと宮田さんですね!」
「宮田ぁ?」
片眉を上げて復唱する木村にはこくこくと首を縦に振った。
「ちゃんが宮田の服見る機会なんてあんの?」
「宮田さんが働いてるコンビニ、うちの近くなので道でたまにすれ違うんですよ。だいたいいつも襟付きのシャツにジャケットとか着てますね」
「……ああ、そういうコトね」
宮田と私服で会うほどの仲なのか。そんな勘繰りが杞憂だと分かると木村は一瞬強くハンドルを握りこんだ手をゆるゆると解いた。
彼の小さなため息が何を意味しているかなどそんなコトはつゆ知らず、は呑気にあごに手をやり歩道で見かけた在りし日の仏頂面を思い出すのだった。
「ただ宮田さん、挨拶してもだいたいムシなんですよねぇ……」
「想像つくぜ」
腕を組んでかつてのジムメイトに思いを馳せる木村との間に流れるのはしばしの沈黙。ふと顔を見合わせた二人のうち、先に口を開いたのはの方だった。
「絶対今おんなじ顔思い浮かべてましたよね」
「こーんな顔だろ?」
眉間に皺を寄せ木村がしかめっ面を作った直後、押し殺した笑い声が助手席からこんこんと湧き上がるとつられた彼の笑い声もじきに重なった。
「でもアイツ、無愛想だけど悪いヤツじゃないんだ。分かってやってくれな」
「ええ、もちろん」
再び動き出した車に揺られながら木村が落とした言葉はさながら家族に対する言い方のようで、ひとしきり笑ったあとのにもうひと波笑いがこみ上げてくる。
木村さん、宮田さんのお兄ちゃんみたいだ。
こんなコトきっと宮田に伝えれば「こーんな顔」をされるんだろうけれど。