10/08
「ボクサーとしての『誕生日』とは」
「今日古新聞の日だから捨てるものあったら出しときなさいな」
朝お袋に言われて毎月買っている「月刊ボクシングファン」がそろそろ溜まってきたのを思い出した。本棚の雑誌一冊分あるかないかの隙間に手を差し込んで背の高い背表紙の一角を引っ張り出す。最新号と手元に残しておきたい分を脇に除け、他を重ねて積み上げてるとふと一番上の煽り文句が目に入った。「王者引退」――表紙を飾るのは時に世界王者まで上り詰めた軽量級の有名選手だ。日本人が王座から縁遠かった時期にベルトを持ち帰ったってコトで当時華々しく紙面を賑わせていたのを覚えている。なんとなく興味を引かれ、腰を下ろしてページをめくると過去の試合の写真と共に戦績などが記事に書かれていた。ベルトを獲った後は何度か防衛戦を経て王座陥落、現役は続行する予定だったが疾患が見つかり引退に至る……か。添えられた「29歳で引退」の文字に腹が宙に浮いたような感覚がぞわり、とこみあげてきた。自分と対して変わらない年齢。しかも数日後にはその年齢へさらに一歩近づくワケだ。
現役ボクサーにとって誕生日は手放しに喜べるだけのもんじゃない。少なくともオレはそうだ。リングに立てるのは長くて37歳になるまで。しかし実際そこまで続けられる選手は少ないだろう。歳を重ねるたびに着実に迫りくるタイムリミットが現実味を帯びて突き付けられる。自分はいつまでだろうか、どこまで成し遂げられるだろうか。正直焦りや不安を感じずにはいられない。……いや、それらは常に付きまとっているが、こういった節目でより実感する。と言った方が正しいか。
そんなことを漠然と考えながら閉じた雑誌を縛ろうと紙紐へ手を伸ばす。その拍子に、机の上の紙切れに指先が当たって床に落としてしまった。なんの紙だ?拾い上げて裏をめくれば見なれない文字の羅列が目に飛び込んだ。ああ、前にちゃんから聞いたレストランの名前だ。何度も聞き直してメモに書いたけれど、正直これが合ってるかもあまり自信がねえ……それにしても、「え」か「れ」か分からなくて聞き返した時のちゃん、とっさに言ったのが「レナードのれ、です!」は笑っちまったよなぁ。あのおしとやかな雰囲気のコがいの一番にレナード、とはね。数日前のやり取りを思い出して知らず知らずのうちに笑みが零れてくる。
今年も腹ん中に詰まってる思いは単純じゃない。それでも誕生日を幾分楽しみに待てるのは他でもない君のおかげさ、ちゃん。出来ればこうやって来年も……いや、この先も、引退した後だってずっとちゃんが祝ってくれたら。ってのは欲張りだろうか。

(10月10日まであと2日)