10/06
「嘘も方便?」
「そんなのボク一人で大丈夫ですっ!!」
練習中、オレと板垣が篠田さんに呼ばれたのは土日に来る候補生の面倒を見てほしいというもの。以前八木さんと会長が大学から勧誘してきたヤツらしく、ボクサー型の選手ってコトでオレたちにお鉢が回ってきたというワケだ。で、それを聞いた板垣の叫びがこれ。
「お前なぁ、そんなに後輩が欲しいかよ」
「えっ」
以前からオレらのいない時間に別の候補生の面倒を熱心に見ているようだし、よほど青木組ならぬ「板垣組」を囲いたいとみえる。あからさまな態度をつつくと板垣はぽかんと一瞬ヘンな顔をした。
「そりゃあ憧れはありますけど……でも今回はそうじゃなくって!土日忙しいであろう木村さんを思ってここはボクが、と」
「はぁ?オレが忙しい?」
「いやだって!木村さん日曜お誕生日でしょ?!」
板垣の素っ頓狂な声でみんなの目が一気にこちらへ向けられる。その視線の中、板垣は眉間に皺を寄せてこちらに詰め寄ってきた。
「誰かと出かけたり、お祝いしてもらう予定あるんじゃないですか?例えば、さんとかさんとか、さんとか!」
「……んなもんねーよ」
「ウソぉぉぉ~~!!」
ああウソだとも。なるほど、どうやら板垣はオレに気を利かせて土日の面倒を引き受けるつもりだったようだが、オレはここで正直に答えるコトによしとしなかった。分かるだろ?……ほーら来た。重量級の打撃音がふっと止み、サンドバックの一角から大きな影が近づいてくる。
「なんだなんだぁ?木村がまた女にフラれたって?」
「違います」
青ざめる板垣、やや困った表情の篠田さん、渋い顔した青木に奥で目を丸くする一歩。四種四様の間をかき分け会話に混ざった鷹村さんはそれはもう楽しそうな顔をしている。ちゃんとの約束がバレたりでもすれば当日何が起こるか分かったもんじゃねえ。放っとくハズねぇんだ、この人が。
「おい、ちゃんから連絡無いのかよ」
「最近会ってないんですか?」
「え。あ、ああ。特にねえな」
鷹村さんに続いて青木、板垣と次々深掘りしてくるせいでつじつま合わせのためにウソをウソで塗り重ねてゆく。一歩にいたってはマジな表情で腕組みしたまま考え込んでしまった。
「先輩、急にどうしたんでしょうか。前までは木村さんとよく待ち合わせとかしてましたよね」
「なあ。もうオレのコトはいいだろ」
「練習上がりに一緒にゴハンとか、よく聞きましたよ」
「それってつまり……」
勝手に話が変な方向に流れていくが今更嘘でしたと言える雰囲気でもなく、ただただ立ち込める重い空気。皆が静まり返る中で一人の男がおもむろに口を開いた。
「木村に愛想を尽かした、のか?」
「なんてコト言うんですか篠田さんっ!!」
「か、可能性の話だ。「女心と秋の空」というじゃないか」
「だははは!!!ケッサクだなこりゃ!!!!」
腹を抱えて笑ってる鷹村さんを除いて大ブーイングの餌食となった篠田さんがしどろもどろに続けたのは「女房も昔は……」という身の上話で、結局自分の経験から出た言葉だったらしい。それにしても、仮にも教え子に向かってなんて言い草だよ。鷹村さんも鷹村さんだ、いつまで笑ってやがる。身から出た錆とはいえ、あまりに失礼な態度にわなわなと体が震えてくる。
「まあ木村よ。女なんてこの世に星の数ほどいるんだ、小物も小物なりに他を当たりゃいいじゃねえか。合コンならいつでもオレ様が付き合ってやるからな」
「だからフラれてないですってば!」
癇に障る笑顔で肩を叩く鷹村さんの後ろからは打って変わって憐れみの視線が次々に飛んでくる。
「その、なんだ。あまり気を落とすなよ」
「き、きっと今日にでも連絡ありますって!」
「そうですよ!先輩だって木村さんの誕生日はお祝いしたいハズですから。きっと。ね、青木さん」
「おうっ!なんならトミ子から伝えてやってもいいぜ」
「……どーも」
おかしい。どうしてありもしないコトでオレはこんなにバカにされてんだ。洗いざらい言ってやりてえところを必死に飲み込んで返事を絞り出す。これも全部、ちゃんとの平和な一日のために。

(10月10日まであと4日)