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「カワイイ髪型」
「失礼します」
革と革のぶつかる音、跳ねる呼吸、指導の声、タイマーのブザー――そんな日常を引き裂いた可憐な声を耳にして、おそらく今ここに居る誰もが手を止めジムの入り口を見た。
「あの、幕之内さんいますか?」
ひょっこりと顔を出したのは声に違わず可愛いルックスの女の子。
「クミちゃんじゃねえか」
「青木さん、木村さん。こんにちは」
ちょうどそばでバンテージを巻いていた青木とオレが先に声をかけるが、すぐに奥から慌ただしい靴音が駆け寄ってくる。
「クミさん?!」
「あっ、幕之内さん」
クミちゃんお目当ての王子様が登場ってワケだ。
「いきなり来ちゃってすみません」
「そんなぁ。会えて嬉しいです!!今日はどうしたんですか?」
オレは後輩の恋路をジャマするほど野暮な男じゃない。真っ赤な顔した一歩にその場を任せて再び手元に目線を落とした。
「実はさっき、学生の頃アルバイトしてたパン屋さんに寄ったんです。そしたらおみやげにたくさんパンをもらったんですけど、うちじゃこんなに食べきれなくって……。それで幕之内さんにおすそ分けできたらなぁって」
「うわぁ~ありがとうございます!」
あそこのパン旨いんだよなぁ。二人の様子にはしっかりと耳をすませながらつい口を挟みたくなるがぐっとこらえて知らんぷりを決め込む。横でバンテージを弄る青木も素知らぬ顔だ。
「ちなみに、幕之内さんはこの後も練習あります、よね」
「そうですけど……」
「で、ですよね。すみません、変なコト聞いちゃって。それじゃあ私帰ります。頑張ってくださいね」
「はい!ありがとうございました!」
二人のジャマは……いやいやいや!
鼻をふくらませて手を振る一歩にバンテージを巻いたばかりの拳をぶつけたのは青木と同じタイミングだった。
「何が「はい!」だよバカ野郎!」
「ええっ?!」
「せめてクミちゃん送ってけってば!」
するとようやくオレたちとクミちゃんの言いたいコトに気付いたのか、ハッとした顔で一歩が上着を取りにロッカーへ駆け出してゆく。
「悪いなクミちゃん。一歩のヤツ相変わらずニブくてよ」
「知ってます」
クミちゃんはクスクスと体を揺らしながら外で待ってます、とオレたちに会釈をしてドアに手をかけた。今日クミちゃんは上半分の髪を一つに束ねていて、後ろを向いた拍子に結び目を留めるアクセサリーが目に入る。コレは確か……「バレッタ」ってやつだ。と、およそ縁のないソレの名前をオレが知っていたのは、以前にちゃんが同じようなものをつけていたからだった。
何か月か前、まだ外が暑かった時期にちゃんと遊びに出かけた日。今のクミちゃんみたいな髪型をしてたのがすごくカワイくて何度も何度も褒めたのは記憶に新しい。そしたら「このバレッタお気に入りなんです」と恥ずかしそうにちゃんは言ってて、その様子もめちゃくちゃカワイかったってハナシだ。ちょうど柄も今クミちゃんが付けているのと似たようなのだった。今流行ってるのか、はたまた偶然似たモノを選んだのかは分からねえが――しばし考え、オレは後に続いて外へ出た。
「なあクミちゃん、ちょっといいか」
「木村さん?」
「今度ちゃんに何かプレゼントしたいんだけどよ。アドバイスもらえねえかな」
目の前で手を合わせて相談内容を伝えると、クミちゃんは不思議そうな顔をぱっと明るくさせた。
「ふふ、それは私より木村さんの方がご存知なんじゃないですか?」
「そう言わずにさぁ。女のコ側の意見聞かせてくれよ」
「うーん……あ、さん、ちょっと前からヘアアクセサリーに凝ってるみたいで、お気に入りのお店があるって言ってましたよ。ええっと、お店のチラシ、手帳に挟んでたような……」
ナイスだクミちゃん!カバンをまさぐるクミちゃんにこれ幸いと近づいたのだが。
「久美から離れろ。雑魚が」
途端に重苦しい雰囲気が場を支配する。塩辛声が聞こえたと同時に強い力で後ろに引っ張られ振り向けば、そこにいたのは。
「げぇっ、間柴!!」
「お兄ちゃん!?」
どこから現れたか運送屋の制服に身を包んだ間柴がぬらりと立っていた。
「ほらよ。テメェんとこの荷物だ」
間柴は手に持っていた小さい段ボールをオレに押し付けると離れざまに一言。
「妹に手ェ出したら殺す」
「出してねえっつーの!!!!!」

(10月10日まであと6日)