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| 「胸のいたみは誰のせい」 板垣学 |
※板垣→久美要素有
いつもは軽々蹴とばせる小石が、ある日突然大きな岩になって目の前に立ちはだかる。どっかとあぐらをかいたソイツはボクがどうやったってびくともしない。胸の中が重くて重くて、持て余したもどかしさをもっと強い刺激でかき消したくなる。
「自分でいうのもなんですけど、ボク結構優良物件だと思うんですよね。住んでるところはあばら屋ですけど……でも今はバイトもしてますし、これからボクシングでジャンジャン勝っていくつもりなのでさんに不便な思いはさせませんよ」
正直誰でもよかったけれど、その中でもさんはおあつらえ向きだった。さんは前から木村さんといい雰囲気で、まあ木村さんがさんを好きなのは明白として……さんだって木村さんのコトずいぶん意識してるみたいだから、ボクが何を言ってもきっと、いや、絶対応じるワケがなかったから。他人の好きな人っていう程よい刺激に結果の見えてる安心感。それがちょうどよかった。
「だからボクとお付き合いしません?」
どうだろう、怒る?呆れる?お説教始まっちゃうとか?とっさに手が出るタイプじゃなさそうだけど4発までなら受けてもいいかな、なーんて。とにかくなんでもいいから岩が砕けるほどの感情にぶつかって粉々になりたかった。この霧がかかったみたいな気持ちから解放されたかった。
でも。
「いいよ」
「えっ」
私がちょっとでも久美ちゃんの代わりになるんだったら。と、そう続けたさんの言葉でボクの気持ちが全部見透かされていることを悟った。こっちを見るさんはとても悲しそうな顔をしていた。
「……やだなぁもう!冗談ですよぉ!えへへ、ドキッとしちゃいました?さんを横取りなんてしたら木村さんからジム出禁にされちゃいますって!出禁になったら試合が出来ん!なんちゃって」
「板垣くん」
「笑ってくださいよ。優しいだけじゃさびしいです」
さんは眉をハの字にしたままボクの頭にゆっくり手を伸ばす。子どもを撫でるような手つきは涙が出そうなほど温かかった。
「ゴメンなさいさん」
「板垣くんはいいコだね」
「ボク、先輩の敵になりたいワケじゃないんです。先輩とクミさんはとってもお似合いだし、ジャマする気もないし、ただ先輩のついでにボクにもお疲れ様って言ってもらえれば、それで」
「うんうん」
なんだよこれ。言いたくもないことが口からぽろぽろとこぼれて止まらない。
「さっきのも、さんのコトバカにしてるとか、そんなんじゃなくて」
「いいよ、言わなくて。ちゃんと分かってるから」
誰でもよかった。ウソだ。本当は誰でもよくなかった。ボクの独りよがりを許してくれるって分かってたからさんに”甘えた”んだ。ホント、カッコ悪いな。そう思いながら地面に落ちる雫をどこか他人事のように見送っていた。
3:31 / 2021