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「さあおいでませ渾沌の隷」

青木勝

 


「オレが生涯愛するのはお前だけだ。一生離さねーぜ、ちゃん……ジュテーム」
そこまで言い終えると、キリっと力の入った顔をゆるめて青木がににじり寄った。
「どうよ」
「んー、個人的に最後の”ジュテーム”はちょっと……」
女ってのは難しいな。青木はこりこりと頭を掻いてノートに3つ目のバツ印を書き込む。
「じゃあこれはどうだ?……ティアーモ、ちゃん」
「だからなんで外国語シリーズなんですか」
突如始まったトミ子へのプロポーズセリフコンペ。アイラブユー、ウォーアイニー、ジュテームに続きティアーモが飛び出した時点で審判員に任命されたは耐え切れず青木へ疑問を投げかけた。そしてその回答は
「一世一代のプロポーズ、最高にカッコいいやつをトミ子にくれてやりてぇじゃねえか。外国語にしたらなんかイカすだろ?」
というもの。
「なるほど」
「また練り直しだな」
ともすればギャグのようにも聞こえるが青木のトミ子に対する溺愛っぷりは周知の事実。彼はいたって真剣だと分かっているからも変に茶化したりなどはしない。閉じたノートとボールペンをジムバッグへしまう青木へ、は少考した後やんわり投げかけた。
「青木さん。私思うんですけどね」
「おう」
「普段のお二人を見てると、トミ子さんが青木さんのプロポーズを断ることはないと思うんです。だったら無理に着飾った言葉よりも、もっと素直に青木さんの気持ちを伝えてはいかがでしょうか」
「……そーだなぁ」
青木の返答はセリフこそ肯定的だが声色まではそうではない。
「でもよぉ。ぶっつけ本番でビシッと決めれるか自信ねぇよオレ」
「完璧じゃなくていいんですよ。なんていうか、高級レストランのフルコースもいいけど、自分のために作ってくれた手料理が一番嬉しい、みたいな。そういう気持ちってあるじゃないですか」
ちゃんはそうなのかい?」
「え?」
「”手料理”の方が嬉しいか?」
ずいっとに距離を詰める青木。突然方向転換した問いに戸惑いながらもは首を縦に動かした。
「まあ、気持ちが伝わればどんな言葉でも嬉しいと思いますけど、そうですね。好きだ!とか結婚してください!とかストレートに言ってもらった方が嬉しいかも、です」
恥ずかしげにが笑う横で噛みしめるように「そうか」と小さくつぶやく青木はふっと表情を和らげて目を閉じた。
「すみません、青木さんの考えにケチつけるわけじゃないんですけど」
「いや、女のコの貴重な意見だからよ。ありがとな。それから」
腰掛けていたベンチから立ちあがった青木はの前に拳を突き出す。が首をかしげると、拳からおもむろに親指が生え、天を指した。
ちゃんがそう言ってたって木村にも伝えとくわ」
「ちょちょちょちょっと!なんで木村さんなんですかっ!!!!」
青木が出した名前を聞くなり顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がる
「オレがどうしたって?」
そしてが青木に詰め寄ったのと同時に更衣室から出てきた木村は二人の前でぽかんと口を開けた。
「おまたせちゃん」
「聞けよ、木村。ちゃんってプロポーズはレストランより手料理の方が」
「はぁ?」
「あ~~~っ、違うんです木村さん!青木さんの考えてるプロポーズが外国語ばっかりでなんでかなーって。青木さん、さっきの木村さんにも聞いてもらいましょうよ、ね!ほら、候補1から!」
「候補1……は、『アイラブユー、ちゃん』」
「あ?!なんでソコちゃんの名前なんだよ青木!それはオレが……じゃなくて!トミ子さんへのプロポーズだろうが!!!」

さん、青木村さんとあんなに親和性あるキャラでしたっけ」
「なんだか日に日に引きずりこまれてる気が……」
「下手に絡むと面倒なことになりますよ。早く帰りましょ、先輩」
大騒ぎの先輩トリオを尻目に、板垣と一歩は三人に気づかれぬようそっとジムを抜け出したのであった。


5:03 / 2021