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「After the revolution」

ヴォルグ・ザンギエフ

 


※英語でしゃべってる設定



「食事の支度手伝うよ」
「結構です」
「そうかい?ならボクは洗い物を」
「ヴォルグさん」
「ああゴメン、テーブルを片付けるのが先だね」
「もうっ!ヴォルグさん!」
上擦ったの声とともに朝日に落ちるカーテンの影が一際大きく揺らめいた。
「昨日一人でリングを降りるのもままならなかったのは誰ですか?全部私がやりますから大人しくあっちで座ってて下さい!」
「分かった分かった」
の叱咤を受け、傷だらけの顔を困ったように崩して笑ったヴォルグはそれでものいう「あっち」に腰を下ろすことはせず、傍の壁に背中を預けてキッチンに立つの後ろ姿を見つめていた。
ボクサーとしてカムバックを果たすべくヴォルグが渡米した同時期に日本から団吉の手伝いで呼ばれていたは彼の部屋の隣に越してきた。の安全面を考慮した団吉の計らいだった。
しかしお互いの部屋を行き来するコトはほとんどなかったため、ジムで毎日のように目にしている忙しないの後ろ姿と、その奥に広がる自分の部屋のキッチンという二つの情報が脳内でうまく結びつかず合成写真のような不自然さを孕んでヴォルグの目に飛び込んでくる。それでもその不協和音を楽しむかのように、ヴォルグはアンバーの瞳を優しく細め、彼女へ視線を注ぎ続けていた。
不意に玄関のチャイムが鳴った。来訪者が誰かは二人とも分かっている。昨夜よりヴォルグの部屋に置かれたアタッシュケースの中身――チャンピオンベルトをもたらした一番の立役者だ。フライパンから立ちのぼる湯気を纏ってが振り返った。
「朝ごはんにしましょう。ヴォルグさん」

昨夜IBF王者マイク・エリオットとの激闘の末「無冠の帝王」の名をついに返上したヴォルグ。試合のダメージもさることながら、取材やインタビューの依頼もすでに多く控えている。それを加味してなるべくヴォルグの負担にならぬよう、今日は彼の部屋で朝食の準備がなされていた。
もっちりと粒立った白米に大根おろしが添えられた鮭の塩焼き、油揚げとわかめの味噌汁、出汁巻き玉子、香の物などがひと揃えずつ運ばれたテーブルを見ておお、と玄関からやってきた団吉が目に笑みをのぼらせた。
「おはようございます。あ、団吉さんにはこれも」
「ひきわりか」
席についた団吉の前へが置いた小さな白いパックを見て、これまで笑みを絶やさなかったヴォルグは本日初めて眉間に皺を寄せた。

「祝勝会は諸々落ち着いてからやるとして……取り急ぎ、チャンピオンおめでとうございますヴォルグさん!」
「ありがとう、
の弾んだ声を合図にいつもより少し遅めの朝食が始まった。確認がてらが今日のスケジュールを読み上げるのに交じって聞こえる漬物の小気味のいい音や味噌汁をすする音。団吉は米国に拠点を移して以来久しく感じていなかった故郷の味を噛みしめ、小さく頷いた。
「のう、
「はい?」
「この朝餉はワシにとったら最高のねぎらいじゃが」
味噌汁を口に含んだヴォルグが険しい表情で目をつむったのを横目に団吉は呆れたように言葉を吐いた。
「こうなるコトは分かりきっておろうに」
塩分の多い日本食は試合で出来た口内の傷にとって大敵だ。だってそれを知らないハズもなく、やや責めるような口ぶりの団吉へすかさず言い返した。
「でもヴォルグさんのリクエストだったんですもの」
二人の視線を受けてヴォルグは味噌汁をゆっくりと飲み下し、お椀を置いた。
のミソシルは絶品だからね。が朝食の用意をしてくれるなんて、こんなチャンス逃せないだろ?」
「しかしヴォルグよ。そんな状態でヌシは味が分かっておるのか?」
「そりゃあ……」
団吉の切り返しに対し勢いよく返事をしたものの、すぐに音量は尻すぼみになってゆく。メニューがどうこう以前に結局何を食べても大なり小なり傷には沁みてしまうのだが、実際ヴォルグはどれも痛みが先行して目の前の朝食を普段通り味わえているとは言い難かった。
「お味噌汁くらい、今日じゃなくったっていつでも作りますよ」
「本当かい?」
ヴォルグの顔色から察したはくつくつと笑いながら言葉を挟むと、対面の叱られた子供のような顔が幾分明るんだ。
「ヴォルグさんスープお好きですもんね」
「ウン。ホントにいつでも作ってくれるなら毎朝にリクエストしたいくらいだよ!……なんてね」
そう言ってヴォルグは笑い飛ばしたが、彼の予想に反してそれに続く笑声は一つも聞こえてこない。しんと口を閉ざした団吉とを交互に見比べ、フォークを持ったまま首をかしげるヴォルグ。同じようにヴォルグと顔を赤くして押し黙ったを交互に見た団吉はようやく喉を鳴らして笑った。
「フン。随分と古風な言い方しよって」
「だっ、団吉さん!!!ヴォルグさんはそういうつもりでおっしゃったんじゃないです!分かるでしょう?!」
「ねえダン、、どういうコト?」 日本で謳われる古い言い回しをヴォルグが知るまであと数秒。


03:09 / 2022