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「たからものの扱い方」

鷹村守

 


「鷹村さん!なんてカッコしてるんですかぁぁ!!!!」
突如、悲鳴にも似た女の叫び声が太田荘にこだました。が買ったばかりのファッション雑誌を気分よくめくっていたら、部屋の主が全裸で外から帰ってきたからだ。
「うるせぇ!オレ様は今から旅に出る!!」
鷹村はに目もくれず押し入れに近づくと愛用のバッグを引っ張り出し、必需品を次々に詰め込んでゆく。
「服どうしたんですか?そのカッコで帰ってきたんですか?国民栄誉賞取り下げられたばっかりなのに?どーしてこの短期間で次々そんなマネできるんですか?!」
「黙れ黙れ黙れ!」
黒いブーメランパンツをバッグに叩き入れたと同時ににぶつけられる鷹の咆哮。その形相たるや並の人間なら委縮してしまう威圧感だが、は怯えるどころか露骨に顔をしかめて嫌悪を突き返す。
「今回はちいっと油断しちまっただけだ。オレ様が負けたワケじゃねえ!」
「や、何の話ですか」
「次こそ智子に一発ブチこんでやるって話だよ!!」
智子。その名前を聞いてのしかめっ面がほんの少し、寂しげに形を変えた。同じ名前がひと月と続いた試しのない鷹村が珍しく何度も口にする女性……その正体は彼も含め鴨川ジムのボクサーたちかかりつけの接骨医、山口智子だ。
「っと、何だよ。ピーピーうっせぇと思ったら次はだんまりか」
「呆れてるんです。それに黙れって言ったの鷹村さんでしょーが」
はそう言って鷹村の視線を遮るように雑誌を顔の前に立てた。
本当は言葉が出なかった。
惚れ惚れする美貌とプロポーション、あでやかな印象に反してカラッとした性格……同じ女性から見ても魅力的な人なのはもよく知るところだった。だからこそ、目の前に立ちはだかれば自分は敵いっこない。もし鷹村が本気なら?彼女も彼の気持ちに応えたら?そう考えるたびにの心は冷たい炎に焦がされてしまうのだ。
「そんなに山口先生が気になるなら、その旅とやらに誘って差し上げたらよろしいのでは?」
しかしそれを素直に伝えられるならば今はこんな気苦労など背負っていない。胸の内とは裏腹にの口から吐き出されるのは張りぼての強がりばかり。
「あ?」
片眉を吊り上げた鷹村は「なるほどな」と、下卑た笑みをにちゃりと浮かべ顎をさすった。
「旅先なら好きなだけヤリまくれるからなぁ。智子と熱い夜を過ごすのも悪くねぇ」
「まーたそーゆーはなしばっかり。一歩クンの純情さを少しは見習ってくださいよ」
「稀代の天然記念物と比べんな!男なんて大なり小なりこんなもんだっつーの。大体なぁ、のうのうとオレ様のそばに居座って無事なオンナは京香姉とお前くらいなモンなんだからな!」
「あーもーっ!旅に出るならさっさと行ってください!っていうか早く服着てくださいよ!!」
「うるせーのか黙ってんのかどっちだよテメー!!」
鷹村の怒鳴り声を最後に、あっさりと二人の応酬は幕を閉じる。これ以上にとって悲しい言葉が鷹村から出てこればとても耐えられそうになかったから。彼の実姉と同じ?それは「女」として彼の土俵にも上がってないということ。が長い間ひっそりと燃やし続けてきた彼への想いを一思いに吹き消されたのと同等だった。
「――ったく。もっと上手に嫉妬してみろってんだ」
詰まる呼吸。小刻みに揺れる肩。雑誌の奥に隠しきれないそれらをちろりと見やり、鷹村は頭を掻いた。
「このオレ様が手ェ出さずに我慢してやってるって、イミ分かってんのか?」
「……え」
「それだけキサマは『特別』ってこった」
鷹村はぽかんと口の開いたからすぐさま顔をそらして手早く服を着ると玄関のドアノブへ手をかける。まったく、慣れないことを言うものではない。鷹村は気恥ずかしさを吹き飛ばすように声を張り上げた。
「好きなだけ楽しみな。その、逆さの雑誌をよ!」
目の前のモデルが逆立ちしていることにハッと気付いたは、部屋を出ていく鷹村の背中に向かって同じく叫んだ。
「なにさ!鷹村さんだって、シャツ前後ろじゃないですか!!」


9:02 / 2021