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| 「銀色の置きみやげ」 宮田一郎 |
「アンタ、猫飼ってたよな」
珍しく、いや、初めてかもしれない宮田くんからの呼び出し。ドキドキしながら連絡をもらった喫茶店へ急げば、開口一番突拍子もない質問が私を出迎えた。
「あ、うん。実家でだけど」
「なら世話の仕方も知ってるな」
「そりゃあ、まあ……」
話の本質が分からないまま疑問符混じりに言葉を返せば、アイスティーの入ったグラスをコン、と空にした宮田くんはジャージのポケットから私の前に何かを投げた。鈍く光る小さい金属。それが何か認識した時、空調が効いて少し肌寒いくらいの店内で自分の体がカッと熱くなるのを感じた。
「オレ、ジムの後バイト入ってる日が多いから、サラテのこと見てくれよ」
じゃ。そう言って立ち上がった宮田くんを慌てて制する。
「ままま待って宮田くん!ちょっとワケわかんないよ!!」
宮田くんは口で語るよりも雄弁に「面倒臭い」といった雰囲気を醸し出してこっちを見た。クールな視線に一瞬ひるんだけど、負けじと主張を押し通す。
「ちゃっ、ちゃんと順を追って説明してよ」
「……猫拾ったんだよ」
ソファに座り直した彼からため息交じりの簡潔な返答。
「サラテって、ネコちゃんの名前?」
「ああ」
「宮田くんバイトしてたの?」
「最近な。バイト終わったら結構帰り遅くなっちまうんだ」
「それから!」
ああ、ネコちゃんの名前とか、バイトとか、そんなことは何となく分かったのよ。一番聞きたいのは、これ。宮田くんがくれた金属の……鍵を震える手でつまみ上げる。
「かっ、勝手に、宮田くんのお家入っていいってこと?!」
「なんのための鍵だよ」
「宮田くんのは……」
「そっちはスペア。自分の分他人に渡すワケないだろ」
つまりこれは合鍵。宮田くんのプライベートにいつでも入ることができて、それを許された証。なんで?どうして?ドキドキと大きな心臓の音が止まらない。だって宮田くんはボクシングのチャンピオンで、おまけに顔もかっこいい。いろんな人が周りにいて、いろんな人が彼を支えている。わざわざ私でなくったってネコちゃんの世話くらい協力してくれる人……むしろ協力したい人だってたくさんいるはずなのに。
「こんなのもらったら」
ぱんぱんに膨れ上がった感情に押し出された本音を慌てて捕まえようとしてももう遅い。
「都合よく考えちゃう、かも」
宮田くんは何も言わない代わりにすごい顔してこっちを睨んでいて、私は次に彼の口から飛び出す言葉が怖くて思わず目をぎゅっと瞑った。勘違いするな、とかヘンな気起こすな、とか。それならまだしも『やっぱり返せ』だけは絶対に嫌だ。だって、ずっとずっと好きだった人からもらった合鍵なんだから。恋人じゃないけど、宮田くんだってそんな気ないだろうけど、それでも手放したくない。
「ごめんなさい何でもないです」
「好きにしろよ」
「……え」
「ったく、この店クーラー効いてるのか?」
次に開けた視界で目に映ったのは、伝票をピッとつまんで足早に店から出ていく宮田くんの背中だった。
3:31 / 2021