1 SIDE:She

私たちはただ、そこで暮らしていただけだった。
その日はいつものように両親と教会へ行き、いつものように礼拝をした。ただ一つこれまでと違ったのは、ミランダ様が別室でお待ちゆえ案内する、と祭司様に帰り際声をかけられたことだった。これだけが唯一違ったところで、これが、私の何もかもを変えてしまったのだ。
司祭様がおっしゃるには、なんでも毎日欠かさず礼拝に訪れていることがミランダ様の目に止まり、私たち家族に「贈り物」を渡したいとのことらしい。なんと名誉なことかしら!私は両親と顔を見合わせ、嬉々として祭司様の後を着いていった。教会の外、短い階段をあがって門をくぐり古びた梯子で薄暗い地下へと潜ってゆく。しかし、奥に進むにつれ薬品と死んだ獣のような臭気が色濃くなり、両脇の鉄格子からは何かのうなり声のようなものが聞こえてくる。これから自分たちに起こることも、今置かれている状況も何一つ分からなかったけれど「ここにいてはいけない」と、それだけははっきり分かった。
突如、祭司様に腕を掴まれた。怖くなった私は思わず振り払おうと身をよじったが、その拍子に何かに足を取られ転んでしまった。ぺちゃり、と生暖かい感触。床が濡れているのだ。体を起こそうと地面に着いた手は真っ赤に染まっていて鉄の臭いと共にその液体が血だと認識した瞬間、いよいよ恐ろしくなって叫びながら出口へ走りだした。当然外に出ることは叶わず祭司様とどこからか別の大人もやって来て体を抑え込まれ、そばの簡易ベッドに縛り付けられてしまった。鉄格子越しに向かいの部屋で抵抗する両親が同じようにベッドに寝かされるのが見える。
それから、それから――。
「知能低下と体組織変異確認。男性、カドゥ成長ありません」
「ライカン化です」
「失敗だな。拘束して『放牧地』へ」
「はっ」
「ミランダ様お願いします!あの子は、だけはどうか……あぁぁぁあああぁぁぁ」
「母親の方は……呼吸停止心拍停止。死亡しました」
「――さあ、そなたに『器』たる資格はあるか?」
「み、みらん、だ、さ……」

私たちは静かに暮らしていただけだった。
この小さな村で粛々とお祈りを捧げ、仕事をし、毎日生きていた。それだけなのに。
どうしてこんなことになった?どうして父は化け物になった?どうして母は死んだ?どうして?
身体中を巡る灼けつく熱さに意識すら溶かされる間際、私が私に問いかける。
「一体誰のせい?」