海と緑と土に囲まれていたパプワ島とは違い、コンクリートで塗り固められた都会の夏は肌を刺すような暑さに見舞われる。帰り支度を整え一歩本部の外へ出ると、日こそ落ちているものの、じめじめとむせかえるような熱気がたちまち体に覆いかぶさってきた。
「あ、あっちいべ」
噴き出してくる汗を拭いながらミヤギがだるそうに唸る。
「かーっ!早よぅ帰って冷えたビールにありつきたいのぅ!」
「ほんまにコージはんは『呑む』か『食う』しかないんどすなぁ。その図太さ、呆れる通り越して羨ましゅうおます。な、
はん!」
「おい根暗、
に気安く話しかけんじゃねーわいや」
「ちょっとトットリくん、どうしていつもアラシヤマさんにそういう言い方するわけ?」
最近同じ仕事を任されている伊達衆と
は、五人揃っての退社がしばらく続いていた。しかしそれからというもの、
に対して気のあるアラシヤマはこれ幸いと彼女の恋人であるトットリの前にも関わらず事あるごとにスキンシップを図っている。トットリは常に
をアラシヤマの魔の手から遠ざけようと奮闘しているのだが、
幸か不幸かアラシヤマの気持ちは彼女に全く届いていないようで今のようにたしなめられることもしばしばである。
「おいおめ、アラシヤマ!人の彼女まで手ェ出すたぁどこまで卑怯もんなんだべ!」
「フン、今は忍者はんと付き合ぉてるかもしれまへんけど今後誰と付き合うかは
はんが決めることどすえ?こーんなちみっこい忍者かぶれとガンマ団No2のわてどうなるかは目に見えとりますわ」
「よぉもそげな絶っっ対ありえん妄言叩けるっちゃねぇ~!!!そのフザけた脳みそ、今ここでブチまけてやってもええっちゃよ、アラシヤマ?」
「わー怖い怖い。これやから田舎もんは嫌なんどす。
はぁ~ん!トットリはんがぁ~わてのこといじめはるんどすぅ~!ってあら、
はん?」
交わされる日常茶飯事の言い合いの中に
の話し声が聞こえなくなったと思えばその場にいるのはむさくるしい男四人の姿のみ。辺りを見回すと彼らの後方にある店の前で
は足を止め、何かを一心に見つめていた。
「
、どうしたんじゃ?」
「あ、コージさんすいません。でも、これ」
コージが声をかけると
は先ほどまで熱心に見ていたものを指さす。その方向へ四人が目を向けるとそれは電気屋の店頭に並べられたテレビで、画面には初雪の様なふんわりとした氷に青い水玉模様でおなじみの乳酸菌飲料をかけておいしそうに食べる子供が軽やかなBGMと共に映し出されていた。
「お、おいしそう!」
は目を輝かせながらCMを食い入るように見つめる。彼女の漏らした言葉に最初に反応したのは東北育ちがたたってか一番暑さに参っていたミヤギだった。
「ほんとに、うまそうだべなぁ。そういやコレ、親の目を盗んでこっそり舐める原液の味は最高だったべ」
「あー分かります!あと自分の分だけものすごく濃くして作るのがプチ贅沢でした!」
「おー!やったべやったべ!!」
「あはは、ミヤギさんも?」
「んだんだ、そりゃ誰しもいっぺんは通る道だべ!」
思いのほか話に花が咲いた二人は楽しそうに会話を続ける。そしてそんなベストフレンドの背中をトットリは恨めしそうに見つめるのであった。
「そうだ!ねぇ皆さん、この任務が終わったらかき氷パーティしません?」
がパチンと指を鳴らして四人へ笑顔を向けた。
「かき氷パーティ、どすか?」
「はい!みんなであれ作って食べるんです!」
「はは、おなごらしゅう思いつきじゃな」
コージは豪快な笑い声を上げながらわしわしと
の頭を撫でる。
もくすぐったそうに笑いながら言葉をつづけた。
「どうもです。よければ来週あたり、皆さんの予定が合えばうち来てください!」
するとそばで聞いていたトットリが目を見開いて
の方に顔を向ける。驚いた表情で彼女に何かを言おうと口を開いたのだが、運悪く帰り道がそれぞれ別れる十字路にたどり着いてしまった。トットリが声を発するよりもほんの少しだけ早く、ミヤギ達の声が響く。
「
はんのお部屋!ほな、来週楽しみにしとりますえ~!」
「また日にち決まったら教えてくれやー」
「おら、トッピングに笹かま持ってってやるべ!」
「はーい!お疲れ様でーす!」
はそれぞれの帰路につく三人へひらひらと手を振った。
「な、なに言っとるんだらぁか
!」
三人の姿が見えなくなるとトットリは
へ向かって声を荒げる。
は彼がいきなり怒りだす理由が分からず不思議そうな顔でトットリを見つめた。
「トットリくんって、その、もしかしてかき氷嫌いだった?」
「そげじゃないっちゃ。ああ、もう!!
は危機感がなさすぎだっちゃわいや!!なんでも、もっと考えて物言いさらんといかんっちゃよ!」
あんな軽々しく男を部屋に呼ぶなんて。ミヤギとコージはまだしも、アラシヤマの気持ちを知っているトットリは彼だけは絶対に
の部屋へ入れたくはなかった。すると
は腑に落ちたように表情を一変させて自信満々に言葉を紡いだ。
「ふふ、トットリくん、私だってちゃんと考えてるよー!私かき氷機持ってるし、ちゃんと洗って消毒もしておくし、5人分の氷も前から準備してれば問題ないもん。あれも途中で無くならないようにいっぱい買っておくよ?」
「そうじゃ、なくって~!」
「え?違う?」
はまたもやぽかんとした表情を作った。自分でなくアラシヤマの肩を持つ姿。ミヤギと楽しそうに話す姿。コージに頭を撫でられて目を細める姿。トットリの脳裏に痛みを伴ってじんわりと滲む。些細なことでやきもちを焼く、子供っぽい奴だと思われたくなくて押し込めていたもやもやとした気持ちがつい鈍色の言葉となってポロリと口からこぼれおちた。
「
は、結局誰が好きなんだぁか?ミヤギくん?アラシヤマ?コージ?」
「何言ってるの」
ふいに
の手がトットリの手へと触れる。トットリがその手を捕まえるように包みこむとほんの少しだけ
はトットリに近づき、そっと彼の腕に体を寄り添わせた。
「トットリくんに決まってるじゃない」
視線がぶつかると頬をマゼンダ色に染めながらはにかむ彼女を見てそれ以上トットリは何も言えなくなるのであった。
トットリの受難は続く。
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