テーブルの上には万全の状態で出番を待っているかき氷機。ソファの上には水玉の瓶を抱えたレディが一人。外は、目を疑うほどの土砂降り。
「ミヤギくん達、来んっちゃねぇ」
ため息交じりにトットリがぼやくと
は華奢な体を器用に折り曲げた。重々しいたうめき声がソファから漏れる。
「昨日まであんなに暑かったのに。天気予報でも晴れって言ってたのに」
「ほんとだっちゃねぇ」
トットリは困った顔を装いながら玄関に左足だけ裏返して置いてある自分の下駄を思い返した。もちろん左の下駄の裏に書いてある文字は『豪雨』。今外の雨を降らせている原因は紛れもなく彼自身である。お互い仕事に追われて二人でいる時間が思うように取れない上、エスカレートするアラシヤマの
に対する粘着攻撃。知らぬが仏、なのかそんなアラシヤマに警戒のそぶりもない
。日々そんな中孤軍奮闘しているトットリだったが彼とて一人の青年である。心の中に積もってゆくわだかまりは確実に重さを増し、今回、ついに強行手段に出たのであった。
雨を降らせたついでに、アラシヤマ・ミヤギ・コージの誰かが
の家に近づくと雷で攻撃するよう脳天気雲に命令してある。もしかするとすぐ近くで黒こげになっているかもしれないと考えるとトットリは彼のベストフレンドにだけ心中で謝罪の言葉を述べ、
の前にかがみ、続けて言葉をかけた。
「なぁ
、こげん大雨だとみんな来れんさらんっちゃよきっと」
「んー」
「残念だけど今日のかき氷パーティは僕らぁだけでやるわいや」
「分かった。今日は二人でね」
100パーセント納得したわけではない様子だが、
は低く唸りながらトットリの言葉に首を縦に振った。それはトットリが今日誰にも邪魔されず二人で居れると確信した瞬間でもあり、うわべで作った残念そうな表情は崩さぬまま心の中で勝訴の幡を高々と掲げた。
「今日は僕が作ってあげるっちゃよ~!」
「いいよ、私作るから」
が抱きしめている瓶を取ろうとしたが腕にぐっと力を込められトットリの手元に渡ることは叶わない。
は吸い込まれそうな瞳を彼に向け、一言放った。
「だからその間に 下駄、元に戻してきて」
トットリの緩んだ頬が、綺麗な微笑みの形を作ったまま硬直する。
「なっ、ば、ばれてたんだらぁか」
「脳天気雲くんがかわいそうでしょ。ほら早く」
「はいはい」
トットリが玄関へ向かうと雨はみるみるうちに勢いを弱め、ほどなくしていつもの日本晴れが姿を現した。しかし打って変わってリビングには先ほどの大雨よりも鬱々としたオーラが充満している。トットリは険しい顔でかき氷を作り始める
を後ろから腕の中に収めた。もちろん
の仏頂面も、かき氷を作る手も、それで止まることはなかったのだが。
「まったくもう。どーしてこんなことするかなぁ。せっかくいろいろ用意したのに」
テーブルに置かれた真新しい5色のプラスチックのカップからブルーとピンクだけを取って
は手元に置いた。
「ねぇトットリくん?!トットリくんってば!」
背後から伸ばされた腕に少し力がこもるが返答はない。
は返事を期待するのを諦め、かき氷機のスイッチを押した。静かな空間に響く氷を削る音に紛れ微かにトットリの声が
の耳に届いた。
「僕以外の男は部屋に入れんでいいだわな」
「……そんなこと?」
「『そんなこと』じゃねーわいや」
「はぁ心配性」
「心配性で結構だっちゃ」
「顔見知りの同僚数人部屋に呼ぶだけじゃん」
「ただの同僚じゃないだわいやアラシヤマは
の事好きだっちゃがな。それに、それに最近
はすぐアラシヤマの肩持つし」
「それはトットリくんからすぐアラシヤマさんにつっかかってくからでしょ?アラシヤマさんが私の事どう思ってるかは知らないけど私たちが付き合ってる事知ってるわけなんだしそんなに警戒しなくったっていいじゃないの」
は不服そうに氷が盛られたカップを二つ並べ、水玉の瓶に手をかける。甘酸っぱい匂いがすんとあたりに広がった。
「
はノーテンキすぎなんだわいや!お前が思ってる以上に男っちゅうやつは」
「わーかった、わかった!ごめんね。はいあーん」
はトットリの言葉を遮って、たっぷり甘みを蓄えたかき氷をスプーンで一すくい、彼の口元へ持っていった。トットリは眉間に皺を寄せながらも素直にぱくりと口に収める。
「おいしい?」
がそう問うた瞬間だった。
トットリは
の肩を思いっきり引っ張り、強引に口を塞いだ。氷で冷やされた彼の舌が無遠慮に唇を割って入りこむ。舌が絡み合うにつれ、徐々にひんやりとした感触がぬるまってゆき、
の口内を匂いと違わぬ乳白色の甘酸っぱさがとろりと駆け巡った。
「おいしい?」
しばらくして唇を離したトットリは、したり顔で先ほど
が問いかけた言葉と同じ言葉を投げかける。
はと言えば、目をまんまるに見開いてトットリの顔をまじまじと見つめている。
「これで分かったっちゃろ?だから男は」
「えへへ、おいしー」
今度はまんまるの目をきゅっと細めて、へらっと幼い笑みをこぼした。
「もぉぉぉ!!そげやから僕は気が気でないんだっちゃ!!!」
水玉と乳白色のブルース
2010/08/03 2020/11/08加筆修正