なぜ、出会ってしまったのだろう。
なぜ、声をかけたのだろう。
お互い知らぬままでいられたらどんなに良かったのだろう。
偶然か必然か、そんなことはほんの些細なこと。だけど確かにあの時、運命という名の抗えない重力に引かれてしまった私は時の砂時計を裏返してしまったのだ。
とある部隊が請け負ったとある任務の帰り道。少人数での仕事だったのもあり怪我人も被害も出ず、無事を祝って小さな戦艦の広間では宴が開かれていた。誰もが酒を片手に歓談している中で少し離れたところにひとつ、ぽつんとうずくまる人影が
の目を引いた。酔っ払いの相手にうんざりしていた下戸の
はこれ幸いと逃げるようにその影へと近づいていったのだった。
「あの、大丈夫ですかアラシヤマさん?」
「ん、あんさんは」
声をかけると整った顔が微かにこちらへ向いた。
「はい、
と申します」
「知ってます、トットリはんらとよう一緒におる子でっしゃろ?それより、なんですのん」
にこりともせず彼は険しい顔で私を睨んだ。
「いえ、皆から離れて座ってらっしゃったのでご気分でも悪いのかと思いまして」
「別に。そんなんやあらしまへん」
一瞬ほんの少しだけ彼の表情が和らいだ気がしたがすぐに元の冷たい顔へと戻り、とげとげしく言い捨てられる。
「そ、それは失礼いたしました。けど最近任務続きのようですし何かあれば私たち医療チームにおっしゃってくださいね」
お節介だったかな。自身の行動を反省しつつ、つんけんな態度で接する彼に
はそれだけ言ってその場を立ち去ろうとした。しかし腕を掴まれる感触でそれは阻まれる。いくら戦闘メインでない医療チームの
でも分かるほど、彼を取り巻く空気が変わったのは明らかだった。
「それは……わてを気遣ってくれてはるんどすか?!」
「え、ええ」
「おおきに!おおきに
はん!!あんさんは今日からわての友達どすぅぅ!!!!」
そう、その日から。
「つまりアラシヤマにストーキングされて始めてから1週間が経ったってこと?」
「そうなのよ!グンちゃん!」
おやつのケーキを頬張りながらぽやんと答えるグンマの正面でガタン、と椅子から立ち上がり興奮して話す
。
がアラシヤマと会話を交わしたあの任務以来、他の所属とは棟の違う、医療チームの仕事場がある館内でデッサン人形を片手に
を一心に見つめるアラシヤマの姿が見られるようになった。初めのうちはその不気味さに泣いて総帥へ直訴しに行った
だったが、何かが盗まれるだとかケガを負っただとか直接的に被害がないと取り合えない、と憑き物が落ちたように清々しい表情をした総帥に一蹴されてしまった。その後しばらく我慢していたものの気味が悪さに
が慣れることはなく、そこで
は自分と仲が良く且つ総帥ともアラシヤマとも面識のあるグンマに何度も相談を持ちかけていたのだった。
「今日も総帥のとこ行ったんだけどね、また同じ返事よ!グンちゃん~私、どうしたらいいの~?」
は勢いで立ったもののまたふにゃりと椅子へ腰を下ろした。
「だから毎日言ってるけどだーいじょうぶだって
ちゃん」
「人ごとだと思って簡単に言ってー。根拠は?」
イマイチ真剣にとらえてない能天気な態度に
はジト目でグンマを見る。しかしそれも気にしていないのか、にへらとグンマは屈託なく笑ってぽんぽんと
の肩をたたいた。
「だって
ちゃん、トットリと付き合ってるんでしょ?おんなじ伊達衆の事だもん、心配しなくてもトットリがなんとかしてくれてるって!」
「それがね。実はまだトットリくんにはこの事言ってないの」
「えぇー?!なんでなんで?」
トットリと
は仲良しカップルとして団内でも有名だ。トットリにはとっくに相談済みだと思っていたグンマはびっくりして問いかけると
は更に視線を下げ、もごもごと口を重く開いた。
「だってアラシヤマさんはトットリくんの同僚で友達だしあなたの友達にストーカーされてます、って相談するのはちょっと」
「ああ、なるほどね」
「うん」
少しの間、どちらも黙ってしまい心地悪い静けさが部屋を包む。
「でもね、
ちゃん。
ちゃんの気持ちもわかるけど、僕はトットリにきちんと話した方がいいと思うけどなぁ。自分の気持ち伝えないと分かってもらえないよ?」
それにトットリはアラシヤマの事友達と思ってないし、とグンマは心の中で付け足す。
「それはそうなんだけど、今のところ総帥のおっしゃる通りで見られてるだけで害はないのよね。だから余計我慢すればいっかーって気もするんだよね」
「んもー。あれはシンちゃんがアラシヤマを厄介払いしたいからそう言うだけだって。いつまでもストーキングされたままじゃ神経まいっちゃうよ。ちゃんと言って助けてもらったほうが思うよ?」
「そうかなーうーん」
「とにかく!これ食べて元気出して。クリームだれちゃう!」
冒頭でグンマが頬張っていたものと同じケーキが乗るお皿を
の方へ押すと何度かためらった後、ふぅとため息をひとつついて
はフォークを握った。
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