高校生活においてボクに優しくしてくれた女のコは、今のところ二人いる。一人は同じクラスの愛川さん。そしてもう一人は一学年上の先輩、
先輩だ。
月に何度か回ってくる放課後の貸出当番のせいで人気のなかった図書委員を「多数決」という体の良い押しつけあいの末引き受けることになってしまったのは去年、高二の春のコト。
「どうしたの?具合悪い?」
ある日の放課後、その貸出当番中に受付席でそわそわしているボクへ声をかけてくれたのが、同じ図書委員である
先輩との出会いだった。
その日は家業である釣り船の団体予約が入っていた。朝に帳簿を見た限り、夕マズメを狙って予約をしているお客さんの人数がとても多かったのが気がかりだった。釣り人が多い分、運ぶ荷物も、用意する餌や道具も増える。とても母さん一人に任せるワケにはいかなくて授業が終わればすぐにでも手伝いに帰りたかったけれど、運悪くそんな日に限って図書委員の当番と重なってしまっていた。代わってもらえる友達もおらず、かといって隣に座っていた先輩は生徒手帳に書いてあるようないかにも「真面目な優等生」という感じで、早退したいだなんて到底言い出せる雰囲気ではなかった。
「い、いえ!とっても元気です!」
「そーお?」
ところが、疑いのまなざしでボクを見ながら先輩が小首をかしげたのに合わせて聞きなれない音が耳に入ってきた。「ころん」と何かが転がる感じの、そんな音だ。
「お手洗いとか遠慮せず行ってきてね」
「ありがとうございます」
そしてふわっと広がる甘い匂い。いやまさか。半信半疑ながら頭に思い浮かんだお菓子の名前がつい口をついて出てきてしまった。
「アメ玉?」
「あ」
「先輩、まさか食べ……」
「しーっ!」
そう、この時先輩は飲食禁止の図書室で飴をなめていたのだ。ボクの口を手で塞ぎ、近くに司書の先生がいないコトを確認した先輩は体を離して通学カバンから小さいポーチを取り出し、中に入っている包み紙を一つボクに差し出した。
「これ、口止め料ね」
「ホントにアメ食べてたんですか」
「今日はどうしてもお腹すいちゃってダメなの。許してー!」
ちなみに後から思えばこの「今日は」という言い回しは間違いだ。先輩は学校でお菓子をつまみ食いする常習犯だったから。
しかし当時のボクが何気なく抱いていた真面目で少し近寄りがたい先輩のイメージと、目の前で困ったように、でも少しいたずらっぽく笑う先輩は全然違っていて、スーッと全身に張り付いていた緊張が消えていくようだった。この先輩なら大丈夫かもしれない。アメ玉を受け取った後、ボクはさっきまで言えなかった早退の話をおそるおそる切り出したのだった。
「いーよいーよ!あと私やっとくから!」
こうして二つ返事で送り出されたボクが、その後も先輩に懐いてしまったのは当然の結果だった。
当番で顔を合わせるたび優しく接してくれた先輩。ボクの話なんてその頃からボクシングのことばっかりでつまらなかったハズなのに嫌な顔もせず聞いてくれて応援してくれて。受験が終わったら試合に来てくれるとも言っていた。三年生の委員会は上半期だけだから話せる機会は決して多くなかったけれど、ジムに通い始めて目まぐるしい日々の中でも色あせない先輩の存在はどんなに心強かったか分からない。
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