2-2ぺ~じ
卒業した先輩と偶然再会したのは先輩が卒業した年の秋、後楽園ホールの前だった。誰かと一緒にいるワケでもなく、待ち合わせをしているようでもなかったので聞くと先輩もボクシングの試合を観にきたという。まだ幕之内くんの試合は観に行けてないの、ごめんね。と手を合わせる先輩に首を横に振りながらあの時の約束は社交辞令じゃなかったコトに胸がじんわり熱くなった。
「先輩、よろしければ……」
図書室で過ごしたひとときをこのまま「懐かしい」で終わらせたくない。先輩が卒業してから新人王戦が始まって、オズマさんや小橋さんと試合をして、学んだコトも感じたコトもたくさんあった。最近は今後もプロボクサーとしてやっていきたいと思うようになった。今のボクを見て少しは成長したって先輩は思ってくれるかな。
そんな期待を込めて言おうとしたんだ。「少し話しませんか」って。
なのに。

「はぁ?!ライト級とフェザー級どっちが上の階級だぁ?!そんなコトも知らねーで試合観に来てんのか!!」
「す、すみません」
「そんなに怒鳴らんでくださいよ鷹村さん。ちゃんは一歩の試合を応援する練習として今日初めて観にきたんですから。ねぇ?ちゃん」
「は、はい……」
先輩と偶然会った日。というのは今日、もっと言えば数時間前の話だ。ちなみに観に来た試合に出場する選手は次にボクと当たる速水さん。それから青木さん。つまり、青木さんの応援に来たのはボクだけじゃないというコト。
うっかり先輩と話してるところを見られたが最後、髪を直した鷹村さんと襟を正した木村さんにあれよあれよと流されいつの間にか先輩の両隣を二人にがっちり取られたまま、今は後楽園ホールの観客席に座っている。
「しょうがねぇ、オレ様がボクシングのイロハというものをしっかりと教えてやる。手取り足取りいろんなトコロを使って、な」
「いやいやここはオレが引き受けますよ。あくまで優しく、紳士的に」
「ケッ、小物がいいカッコしやがって!」
「鷹村さんこそ初対面の女のコにやらしい言い方するの良くないッスよ」
「あァ?!」
「なんスか!!」
「あ、あのお二人共っ」
明らかに困った様子で声をかける先輩の言葉は耳に入っていない鷹村さんと木村さんがすっくと立ち上がり睨み合う。さっきまで速水さん目当ての女性客にだって鼻の下を伸ばしていたのに、速水さんの試合が終わって客席がスカスカになると今度はこぞって先輩の取り合いをし始めた。まったくこの人達は……女の人と関わるとすぐこうだ。
「幕之内くんどうしよう」
長いまつげをしばたたかせて先輩がボクを呼ぶ。そりゃあ男二人が突然声を張り上げれば女の人はびっくりするに決まってる。しかし男の城、鴨川ジムの中ではこの程度日常茶飯事だ。
「ほっといて大丈夫ですよ。いつものコトですから」
「そ、そうなの?」
「ええ。すいません、なんか巻き込んじゃって」
「んーん」
先輩は鷹村さん、木村さん、ボクを順番に見るともう一度まつげをはたはたと動かし、不安そうな顔を少し和らげた。
「そっか。なんかよく分からないけど、楽しくやってるみたいでよかった」
そう言って見せた先輩の笑顔は制服を着ていた時と全然変わらなくて、ボクはふと図書室の匂いを思い出しながら先輩の言葉に強く頷いた。

「あーもう、鷹村さんも木村さんも!もうすぐ試合始まりますよ!座って青木さんの応援しましょうよぉ」
「うるせえ一歩!!」
「テメーは黙ってろ!!」
「うう……」