あれからどういうことか。ツチノコは頻繁に姿を見せるようになった。
緑色に輝く謎の物体は初めに目撃した帰り道の土手沿いのみならず、なんと学校でもシュルシュルと動いているのを私は見てしまった。最初こそ捕まえようと走って追いかけもしたのだが、異常にすばしっこいアレは到底捕まえられるものではないと悟ったのと、あまりに頻繁に現れすぎて見つけた時の高揚感も起こらなくなってしまったのとで、最近は見つけても追い回すのを止めた。
いろいろ考えた結果、ツチノコにはツチノコなりに一生懸命生きているのだからそれを追い回してツチノコの生活を壊す権利はない、と思うことにした。そもそも「ツチノコ」と呼んでいるものの、いったいアレは何なんだ。もうなにがなんだか意味がわからない。
意味が分からないといえば花京院典明なる男もそうだ。
今までは気付かなかったが彼はいつも、と言っていいくらいの頻度で最初にツチノコを見たときと同じ場所で体を軽く投げ出し、リラックスした感じで静かに川の流れを見ている。そして私が学校の帰り道に彼の背中を見つけると、
まるで背中に目があるみたいに必ず振り向いて柔和な笑顔と共に手招きをする。私は誘われるがままに花京院くんの隣に座り、西の朱がすっかり濃紺に飲み込まれるまでいろいろな話をした。好きな音楽、嫌いな教科、宗教についてどう思うか、登校中に見た猫の死体、明日の英語の小テストの事。くだらないことから哲学的な話まで、本当にいろいろなことを話した。今ではそれが当り前の日課となっている。もう花京院くんに会わない日はない、と言っていいくらいに。
今日も大きな背中が見える。

「あ、花京院くんなんかいい匂いする」
隣に腰を下ろしたとき、ふわ、と甘い匂いが鼻をかすめた。
「ああ、きっとアメ舐めてるからそれの匂いかな。さんにもあげようか?」
「うん。もらう」
花京院くんは傍らに置いてある学生カバンをごそごそとまさぐり小さな袋を私に手渡した。
それは目の前にいる大柄の男には似つかわしくないピンクの袋で、かわいらしい小粒の実が二つ連なった果実が描かれていた。
「さくらんぼぉ?!」
「だめかい?」
私が素っ頓狂な声を上げると対照的に花京院くんはきょとんとした顔で言った。
「いや、ダメじゃないけど…意外だった」
「そうかな?僕はさくらんぼが好きなんだよ」
「へぇ」
「可愛い形に美味しい味。いいところばかりだ」
「まあ。そうだね」
「でしょう?あ、そうだ」
「なあに?」
さん、……ツチノコ捕まえられた?」
「もーだからー!」
花京院くんは時折、ふと思い出したようにこの話を持ち出す。
「あれは捕まえるの無理って言ったじゃん!」
「ははは、そうだっけ?」
知ってるくせに。
意地の悪い笑顔でこの話を切り出す花京院くんはなぜか満足そうである。彼と会話を交わせば交わすほど雲をつかむようにどんどん彼が分からなくなってくる。そう思いながらも私はそんな男の隣を動けずにいた。

私はあの日から緑色のツチノコと花京院典明、同時にふたつも私の心を捕まえて離さないものに出会ってしまったのだ。

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