今まで幾度となくあの河原で会っていた花京院くんはある日を境にぱったりと姿を見せなくなった。そしてどういうことか、それと同じ日にツチノコも現れることがなくなってしまったのだ。

ツチノコはこの際どうでも良い。花京院くんはどうしてあの場所から姿を消したのだろう。確かに毎回約束をしていたわけでもないし、むしろあれだけ何回も会い、話していたのが不思議な事だったのだが私たちが言葉を交わした日々は相手の本質を知り、解り合うのには十分な時間だったと思う。彼のクラスにそれほど仲のいい友達がいなかったので同じ委員会の男子に聞いてみたら学校にも来ていないと言う。引っ越したのか、事故にでも遭ったのか、それとも……?真相を知る手だてがないまま彼を心配したり怒ったりしているうちにしばらくの時が過ぎていった。
今でも学校の帰り道、必ず花京院くんがいたあの場所の横を通って帰る。しかし淡い期待は空に舞って、いつも下に落ち砕けるのだが。

その日はなんだか今まで以上に花京院くんの存在が無性に恋しくなって帰り道、土手沿いを下り花京院くんがいなくなってから今まで横を通って帰るだけだった川辺まで足を運んだ。
彼がいつも座っていた場所に腰を下ろし、彼がいつもしているように足をのばして両わきに手を付いた。
なんとなくそこに座れば花京院くんの温もりが感じられるような気になっていたのだけれど実際手のひらに感じるのは冬の空気に芯まで冷やされた土の感触だけ。至極当たり前のこと、だけど真綿がびっしり詰まったような心の中にポツンと墨を落としたような悲しみが一滴、広がった。染みた心に浮上するのは彼を求める純粋な寂しさ。
ああ、たった一人の存在がつかめないだけで、どうしてこんなにも。
もしかすると私は……
いや、「もしかすると」ではない、本当は分かっている。
私は花京院くんに恋をしているのだ。



「そこは僕の指定席ですよ、さん」
「か、花京院くん!」

あの優しいテノールの声、間違えるわけがない。驚いて振り向くと、初めてここで出会ったときと同じ、花京院くんは優しい笑みを浮かべていた。
「ここ、来たら?」
私はいつも自分が座っているあたりをポンポンと叩いた。
「そうしたいけど……すぐに行かなければいけないところがあるからここでいいよ」
「そっか」
「うん、僕は君にお礼を言いにきたんだ」
「私に?」
「そう。僕に心を通わす心地よさを教えてくれたのは君なんだ君と話している時間は他の誰と話している時よりも今までで一番楽しかった」

「大げさだなぁ」
さんは何もわかっちゃいない。
もっと知って下さい。
あの日僕はどれだけ嬉しかったか。
君の存在にどれだけ救われたか。

僕は さんが 好きです」

「か、かきょういんく」
「もう、いきますね」

花京院くんは私の言葉を遮ると慈しむような、泣き出しそうな、諦めのような、幸せなようなすべての感情を抱いたみたいに、本当に、本当に優しい笑顔を浮かべて私に背を向けた。

「空条承太郎」と名乗る人から
花京院くんが2週間前に死んだという知らせを聞いたのは
あの日から実に2日後のことだった。
Farewell dear boyfriend
2010/05/27 2019/10/13加筆修正