(3)
「ほ、ホントだ……!」
人の賑わう繁華街の一角からしげしげととある場所を見つめる四つの目。そのうちの二つ、一歩の両目が建物の影で瞬きを繰り返した。
「間柴さんが女の人と出かけるってクミさんから連絡もらった時はまさかと思いましたけど」
「私もまた板垣くんとの用事だと思ったんですが「メシ食いに行く」っていつになく上機嫌で出ていったから気になって……」
一歩の隣で残り二つの目、久美の視線が注ぐ先には
と待ち合わせをする間柴の姿があった。
「わー!制服じゃない間柴さん新鮮~!」
「うるせえな。おい、ツレはどうした」
間柴に見つからないよう建物に隠れながら食い入るように見つめる一歩と久美。与えられるわずかな情報から眼前の状況を推察し、割り出してゆく。
「お仕事での知り合いでしょうか。綺麗な方ですね」
「ええ。それに今日は二人じゃないみたい。お兄ちゃん……まさか合コン?!」
「間柴さんが、ご、合コン……?!」
この後さらに驚くべき事態が待ち構えているとは知らず、浮足立つ二人は引き続き間柴達の様子へと耳を澄ませた。
「連れのコ、もう一人連れてくるんでその人と一緒に来るんですよ」
「あ?聞いてねえぞ」
「ふふん、あ・え・て言わなかったんです」
人差し指を自慢げに振ってにやにやしている
は怪訝な顔の間柴へ声を弾ませた。
「なんとなんと!特別ゲストはホンモノのボクサーですっ!!」
「……ボクサーだぁ?」
「すごいでしょ!今日はたっぷり語れますよお!あ、きたきた、
ーっ!」
遠くから友の姿を目にした
は大きく手を振って自身の居場所を伝える。それに応えて大きく手を振り返した
は一定の距離まで近づき、
の隣にいる人間が誰か知るや青い顔で立ち止まった。
「遅くなってご、め……」
「げえっ、間柴?!」
「間柴さん?!」
天まで届く男女の叫び声は間柴のみならず静観していた一歩と久美にとっても最大級の衝撃だった。
「……木村」
眉間に深い深い皺を寄せた間柴がゆっくりと「特別ゲスト」の名を口にする。引きつった顔で目を細める木村、反して零れ落ちそうなほど目を見開いた顔面蒼白の
、頭上にはてなマークを浮かべる
。そして少し離れたところからやっとの思いで叫び出しそうな声を飲み込んだ一歩と久美がしゃがみ込んだ。
「いやいやいやいや、なんで先輩と木村さんが来るんですかっ!!」
「あの人
さんの友達?!一体どうなってるのよ!」
「そんなのボクが知りたいですよおっ」
「ああもう!もっと近くに行って様子を見ましょう、幕之内さん」
「クミさん待って!」
視界を遮る人の多さにしびれを切らした久美は真相を確かめるべく四人へ更に近づいた。彼らが顔を合わせたのは待ち合わせなどでよく使われる商業施設前。久美の後を追った一歩と共に中央にある植え込みを挟んで程よい距離にあるベンチへそろそろと座り込んだ。
「帰る」
「ちょちょ、間柴さんなんでぇ?!」
「コイツと仲良くメシなんざ、いくら
ちゃんの頼みでも聞けねえハナシだぜ」
「ま、待ってください木村さん!」
最悪のムードが漂う中、口火を切った間柴を皮切りにその場を離れようとする男性陣。それぞれ彼らの腕を掴んで抵抗する
と
の視線がふいにかち合った。
「ねえどういうコト?みんな知り合い?なんで?」
「
、間柴さんって「ボクシング好き」どころかプロのすんごいボクサーだからね?!」
「ぷ、ぷろ……うそぉぉぉ!!」
間柴の耳元で絶叫した
は怒気を含んだ彼の表情をものともせず、間柴の腕を更に引き寄せ迫った。
「間柴さん、どーしてあの時教えてくれなかったんですか!」
「聞かれなかったからだ。……クソが。よりにもよってこんなくそったれ共連れてきやがって」
動物園のコアラよろしく
がくっついている方と反対の腕を伸ばし、間柴の節くれだった長い指が目の前の男を指さした。
「腑抜けの雑魚に」
カチンときた様子の木村が顔をしかめる。
「ムカつく女」
次に指をさされた
も納得のいかない表情でむっと口を尖らせた。
「……私何かしましたっけ」
好意的に思われていなくとも「ムカつく女」認定されるほど間柴の機嫌を損ねた記憶もない
の呟きをしっかり拾った間柴は、コアラを引き連れたまま心底嫌そうに
へ睨みをきかせた。
「オレが気に食わねえヤツらの周りにゃ必ずキサマがチョロチョロしてやがる」
「ヤツ“ら”?」
「……一歩か」
木村が口にした途端ますます強まる威圧感に圧倒された
はさっと木村の後ろに引っ込んだ。
「スミマセン」
が謝罪を述べたのと時を同じくして、人知れず久美の隣からも同じフレーズが小さく零れ落ちた。
「
ちゃんが謝るこたねえよ。テメエ間柴!
ちゃん怯えてんだろうが!」
「女の前だからってイキがってんじゃねえ」
いつぞやのタイトルマッチを彷彿とさせる間柴と木村のにらみ合いを見比べた
と
は、自分たちではこの場は収束不可能と悟るとそっと腕を解放して彼らから距離を取った。
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