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「ってコトで約束しちゃったの~!来週日曜!お願い付き合って!!」
「協力したいのは山々だけど、私だって日曜予定あるんだってば」
「そんなぁ~!そこをなんとかぁぁ!!」
電話口で泣きつく友の声を聞いてはその場で大きくため息をついた。
「誘ったけど来れなかった、ってその「配達員さん」と二人で飲みに行ったらいいじゃない。せっかくのチャンスなんだし。そもそも私お酒飲めないし」
仕事先の気になる男性と初めて食事をするコトになった。学生時代からの友から告げられた内容は大変喜ばしいが、それに対してどうして自分の名前が出てくるのか。何度シミュレーションしても完全に自分が場違いな酒の席しか想像出来ず当たり障りのない方法で辞退を申し出るが、電話越しに聞こえてきたのは快活な彼女らしかぬ声だった。
「仕事以外でも会って仲良くなりたい……ってのはもちろんあるんだけど、それよりも元気付けたいんだよね。そしたらやっぱボクシングのコト知ってる人に来てほしいの」
にとっても“日曜の予定”はできれば外したくない。しかし言葉端から見え隠れする単純な恋愛絡みだけでない事情が、と同じく一人の異性に色づく想いを胸に秘めるの天秤を少しずつ傾かせてゆくのだった。
「……ちょっと考えさせて」
通話を切ったは携帯電話をバッグへ戻し、もう一度大きくため息をついて化粧室を出るとカフェ・ミュージックが緩やかに流れる二人掛けの客席へと腰を下ろした。
「お帰り」
「お待たせしました木村さん」
の目の前に座る木村はちゅっと一口ジンジャーエールを飲んだあと、視線を落としたままそわそわしているの顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「あの……さっきいただいた日曜の、映画のコトなんですけど」
テーブルの上にある二枚の紙切れ、もとい映画の前売り券を一撫でしては事の顛末を木村へ話し始めた。
「――つまりちゃんのダチと、そのコが惚れてるボクシング好き野郎の「恋のキューピット」をしに行くってワケだ」
「プライベートで会う口実に使われただけですよ」
愛想笑いを浮かべたは口に運んだコーヒーカップをおもむろにソーサーの上へと置いた。
「でもすごく仲いい子で、出来れば協力してあげたいんです。次は絶対予定空けますから映画は別の日に変更してもらえませんか?」
「おう、もちろん。進展あるといいな」
「ありがとうございます!」
「でもまあ、最近落ち込んでるボクシングが好きなヤツっつったらよぉ」
間延びした木村の声と共に軋んだ椅子が音を立てる。背もたれに体重を預けた木村は神妙な顔で腕を組んだ。
「大方間柴か沢村のファンなんだろうな、そいつ」
「……私もそう思います」
間柴の世界を大きく揺り動かした「あの夜」。二週間程前に開催された間柴と沢村のタイトルマッチでは間柴は度重なる反則のペナルティとして約一年間の出場停止処分、沢村は帰宅道中の交通事故で大怪我の末引退。まさに試合のキャッチフレーズだった「凶」の字が表す通り凄惨な一夜となっていた。
「選手の立場から見ても衝撃的な試合だったからなぁ。ファンからしたら相当ショッキングだったろうぜ」
木村の言葉を受けて表情を曇らせたは力なく頷いた。
「友達のコトもそうですけど、相手の方も気がかりでして。私じゃ力不足かもしれませんがお話ししてちょっとでも気が晴れたらいいなって思ってます」
そう言ってまつげを伏せたを何食わぬ顔で眺めていた木村は口に含んだストローを無意識に噛み潰していた。
いや待て。そのお友達がどんなコかは知らねえが、こんな顔して慰められたら件のヤロオはちゃんに惚れちまうんじゃねえのか?
目の前の女性を見る眼差しに恋愛フィルターがかかっているコトに加え、過去の合コンで受けた恋愛の古傷が重なり「最悪の事態」を想定する技術に磨きのかかった木村は些細な出来事も心中穏やかでない。
「オレも気になるなぁ」
「ん?」
「いや、ボクシングを愛する同士としてオレもその人と話してみてえなぁって思っただけ」
例え誰だろうが目の届かぬところで男と会って欲しくない。そんな邪な臭みを上手に消して巧みに言葉を操る木村に対しては曇った顔をほんのり和らげた。
「よければ木村さんも来ます?」
「いいの?」
「一応友達に確認してからになりますけど多分大丈夫ですよ」
胸の前で手を合わせたが顔をほころばせる。
「間柴さんと沢村さん。どちらのファンにしても同じ階級のプロボクサーが来るとなればその人も嬉しいでしょうし」
「うんうん」
「人数多い方が盛り上がりますし」
「そうそう」
自分本位だった木村の本心から勝手に離れ、もっともらしい理由がによって次々と構築されてゆく。
「それに……私も木村さんと一緒の方が楽しいですから」
「……そう言ってもらえると光栄だよ」
木村がに向ける恋慕は一方通行だが、逆もまた然り。とて想いを寄せる相手と過ごせる時間は一秒だって多く手に入れたい。
今回もお互い向けられた真意に気付かぬまま、二人は向かい合い綺麗な笑顔で微笑み合うのであった。

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