※名前変換も恋愛要素もない

砂糖菓子でもない。蜜をたっぷり蓄えた果物や花とも違う。けれどたしかに「甘い」香り。冷蔵庫の一番左下に鎮座するキャニスターの蓋を開けた時、ふっと鼻をくすぐる瞬間が私を堪らなく贅沢で幸福な気持ちへと導いてくれる。じっくり熱を入れた分厚いトーストにバターを落として、それから黒真珠のごとく輝くマグカップの中を芳醇な香気と共に一口。
こうして一日が始まる……のが理想だけれど。
「ゃくえんです」
覇気が無さすぎてもはや何円だか分からない掛け声を合図に財布の中の100円玉と空のカップをレジで交換する。あーあ、またこの店員さんか。横に設置しているコーヒーマシンで中身を満たしてからそそくさとコンビニを後にし、そばの停留所からバスへ飛び乗った。始発駅から近いこともあり、人もまばらな車内の空いた席に腰かける。
人一倍朝が苦手な私の現実は、残念ながら理想とは程遠い。けれども朝はおいしいコーヒーが飲みたい。手に持ったカップはそんなコーヒー好きとしてインスタントや缶コーヒーに頼らないため精一杯意地を張った結果だった。緩やかに走り出したバスが信号で停車したところを見計らってカップに口をつける。カフェインがゴクリと喉を通り抜けたところで「一日が始まったな」という実感が喉と心を満たすのだった。

→NEXT TIME→