会長さんから言われているのか、自主的にか、そもそも好きではないのかは分からないけど鴨川ジムの皆さんはあまりお酒を飲まない。アルコールで脂肪が付きやすくなるといざ試合が決まった時減量に響くためだ。
なので特になんでもない日に夕飯のお誘いを居酒屋チェーン店の飲み放題付きコースメニューで、しかも誰よりもお酒を飲むイメージがない幕之内くんから受けたコトは衝撃的だったけれども、電話口から恥ずかしそうに紡がれた続きを聞いてあらかた事情を理解した。
「今だけ「ぽかモン」の限定グッズをもらえるお店があるんですよ」
ぽかモン――ぽかぽかモンスターといえば昔から人気のあるゲームで、私の知り合いにも「ハゲチュー」の大ファンが一人いる。そう、久美ちゃんだ。
どうやらその限定グッズは大人数の宴会コースを予約しないともらえないらしく、幕之内くんは久美ちゃんのために人数を揃えているのだそうだ。健気な後輩のお願いを断るハズもなく、二つ返事で引き受けた私は後日仕事が終わると教えてもらったお店へ直行した。

「いいかげん離れなさいよぉっ!!」
「クミさんこそ近くないですか?!」
苦笑いの店員さんが立ち止まった個室から漏れ聞こえるのは言い合いをしている女のコの声。ああ、なんだかイヤな予感。薄い引き戸をおそるおそる開けてみると、目の前の座敷には瞳から光が消え失せた幕之内くんと、両隣でにらみ合う久美ちゃんと菜々子ちゃん。それからテーブルを挟んで三人の向かいでは肩を寄せ合い濃密な二人の世界を作っている青木さんとトミ子さんの後ろ姿が見えた。
一度引き戸を閉め、深呼吸をする。
いやだって、あの空間にノータイムで飛び込むのはムリでしょ。リームーリームー。……えーっと。とりあえず私、どこに座るのが正解?
脳をフル回転させ必死に最適解を探しているところに隣の引き戸がさっと音を立てた。
ちゃん」
私を呼ぶ声。それが誰なのか分かったと同時にどっと安堵が押し寄せた。
「木村さんっ!」
ひょっこり顔を出した木村さんに手招きされるがまま後ろから付いて入ると中は幕之内くんたちのいる部屋とつながっていて、木村さんは出入りする細いスペースを空けたもう一つのテーブルに一人で座っていた。ポンポンと横の座布団に促され、そのまま木村さんの隣へと腰を下ろす。
「ありがとうございます。助かりました」
「あっちのテーブルじゃメシもロクに食えねえだろ」
木村さんの親指が向く先に視線を移すと偶然目の合った久美ちゃんが私に気付きぺこりと会釈をしてくれた。それを見て同じくこちらに気付いた幕之内くんもはっとして何か言いたげにちゃかちゃかとジェスチャーをしているけれど、その隙に菜々子ちゃんが幕之内くんの取り皿へサラダを盛り、久美ちゃんと菜々子ちゃんがトングを取り合いを始めてしまった。
「……確かにゆっくりは食べれなさそうですね」
「な?」
申し訳ないけれどあちらのテーブルはひとまず置いといて視線を手元のドリンクメニューへ落とす。木村さんの前にある飲みかけのグラスにはストローが刺さっていたので、お酒があまり得意でない私はこれ幸いとノンアルコールカクテルの欄を目で追った。
「今日菜々子ちゃんも来てたんですね」
「おう。どっかの兄貴から情報漏洩したってよ」
「ふふ、なるほど」
木村さんは話しながらも私の様子を見て手際よく店員さんを呼び止め注文を伝えてくれる。おかげで目の前に黄色いモクテルと限定グッズのハゲチューストラップがあっという間に揃えられたのだった。
「もうちょいしたら板垣と梅沢くんも来るから。それまでオレだけで悪いな」
私はずっと二人だっていいのに。そんなよこしまな思いに背を向けて小さく乾杯をした。

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