三学期の授業も残すところあと少し。そんな時期の部活上がりに、田岡監督から春休みの練習日程が配られた。
 予想はしていたけれどプリントに印刷された二週間程のマス目はどれも集合時間や練習メニューでびっしり埋まっている。が、その中でたった一日だけ、奇跡的に空白の日を見つけたのだった。
 
「何するか逆に悩むよな、この一日」
 日頃練習漬けの身に降って湧いたオフの日は大事に使いたいものの、日頃練習漬けがゆえにやりたいことがとっちらかって思い浮かぶ候補を絞りきれない。
 どうするよ? そんな念を込めて隣へ目配せすると、すでに着替えの済んだ植草は驚いたような顔でカバンのファスナーを閉じた。
「イヤ、完全にさん誘う一択だろ」
「あ……あのなあ。そーやってすぐオレとをくっつけようとすんのヤメロ!」
 不意に飛び出したクラスメイトの名前にドキッとしたのを悟られぬようすかさず言い返したが、植草どころか奥にいる福田までオレを見てため息をつく始末。
 なんなんだよ。第一オレはが好きだって一言も言った覚えが無いのに、いつの間にかコイツらはオレとをワケアリにしようとデートだのなんだのとけしかけてくるようになった。どこから嗅ぎつけたんだクソ。
「もったいねえなぁ。早く告白して付き合えばいいのに」
 のんきにスポドリを飲んでる仙道に向かってオレは力いっぱい息を吸い込んだ。
「オレは引退するまでカノジョは作らねーの!!」
 
 半年前のインターハイ予選、言葉にならないくらい悔しい思いをした。
 本当は自分で掴みたかったに違いない全国への切符を魚住さんは、池上さんは、オレたちの代へ託してくれた。オレたちが負けたらあの時流した涙はどうなる? 次こそ必ず全国へ行くんだと、そう心に誓った。そして勝つためには相応の努力をしなければならない。
 正直言うとオレはが好きだ。
 でもただでさえ朝も放課後も、土日すら休みなんてほぼ無いスケジュールでバスケに明け暮れて、残りの時間は宿題やテスト勉強をやって……来年は受験だってある。やるべきことは山積みで一日はあっという間に過ぎてしまう。仮に告白して付き合ったとして、実際問題どれだけに時間を使ってやれるだろうか。
 つまり何が言いたいかというと、今のオレに彼女を作るような余裕はないってことだ。
「余裕だな越野」
「あ?」
「引退までさんに彼氏出来ない保証なんてないのによ」
 飲み干した缶をゴミ箱へ放り投げた仙道がこっちを振り向いた。
「でもアイツ、オレ以外に仲良さげな男子いねーじゃん」
「相手はうちの学校のやつとは限らねえだろ」
 こういう話には我関せずの福田までもが今日は珍しく口を挟んでくる。
「他校の男子とか」
「練習試合でよく来るやついるし」
「あとバイト先の大学生」
「あーあるある。意外と地味な子ほど年上にコロッと食われちま……」
「だーっ! うるせー!!」
 話を遮ってオレは着替えとタオルを乱暴に詰め込み出口へと向かう。部員連中から向けられる好奇の眼差しを振り切って先に部室を出るほどイラつく原因は植草たちの言ったことが真っ当な意見だと分かっているからだ。
 が学校以外にどんな交友関係があるかなんて知らない。他校の奴とかバイト先で彼氏作ったっておかしかないし制限する権利もないけどあの言葉の続きは死んでも聞きたくなかった。が他の奴と……ムリだろ! 絶対にイヤだ!
 思考を振り払うように大股で帰り道を急いでいると曲がり角でドン、と突然衝撃がオレを襲った。
「って」
「すいませ……あ、越野君」
 めちゃくちゃ聞き覚えのある声に名前を呼ばれたと思えば、頭一つ小さい衝撃の原因は目の前で癖っ毛を一束耳にかけぽかんと口を開けていたのだった。
「げぇっ! !」
「げーってなに? ひどっ」
 そりゃ今の今までお前のコト考えたからだ、とは言えない。
「な、なんでこんな時間に学校いんだよ」
「卒業式で先輩に渡す色紙書いてて遅くなっちゃった。ねね、越野君も帰り? 校門まで一緒に行こー」
 の指さすチャリ置き場まで歩いて三分。軽い話題、ちょうどカバンに入れた日程表の空白について話すのにおあつらえ向きの時間じゃないのか。そんな思考が頭をもたげる。
「越野君?」
「お、おう。帰るか」
「うん!」
 そういえばと二人で日中出かけた事って無い気がする。放課後ちょっと寄り道するだけでもすげー楽しいのに、がっつり一日一緒にいられたらたまんねーだろうな。
 こんなことを考え始めたら最後、ついさっきまで浴びせられた不安要素を踏み台にしてその先の眩しくて甘い妄想ばかりがじわじわと背中まで迫ってくる。
 バカ言え。決めたんだ、オレは引退まで……。
「ねえもうすぐ春休みでしょ? 私絶対もう一回はてりたま食べに行くって決めてるんだよね~。越野君はやっぱりずっと練習あるの?」
 どいつもこいつも。頼むからオレの決心を鈍らせないでくれ!
「誘惑」
2023/06/03・2023/08/20加筆修正