「絶対インターハイ連れてってやるから」
「夏は予定入れんじゃねーぞ」
 オレは今日まで何度もそう言って、はそのたびに何度も笑って応えてくれたっけ。
 信じていた少し先の未来。だけど丁寧に引き続けた線はそこまでたどり着くことなく途切れてしまった。今、ここで。
 
 梅雨入りから随分経つくせにムカつく程真っ青な空の下、オレたちはからっぽの切符を握りしめ帰りのマイクロバスまで足を動かす。誰かのすすり泣く声と鈍い靴音だけが淡々と鳴り続けるその途中で足を止めてしまったのは見覚えのあるワンピース姿が試合会場の隅でうずくまっていたからだ。
 急に動かなくなったオレを「行けよ」って仙道が後ろから強く押して、咳払いを一つした田岡監督が10分後に集合だと号令をかけた瞬間オレは影の中へ一目散に走っていった。
 
「ごめん」
 目の前のにやっとの思いで絞り出した一言は情けないくらい震えていた。
 。屈んで名前を呼べば同じくらい震えた声が越野君、とオレを呼ぶ。腕の間からちらりと覗いた目は水たまりのように太陽を溶かしてキラキラ光っていた。
 たまらずジャージの袖で濡れている顔を拭ってやる。拭いたそばからまた涙がこぼれ落ちるから、また袖を押し付ける。黙ったまんま何度も、何度も。オレに出来る事なんてそれしかなかった。
「泣くなよ」なんて死んでも言える立場じゃない。信じさせて裏切って、を泣かせたのは全部自分のせいだ。
「ごめん。約束、守れなくてごめん」
 いつからだったか。オレは誰よりもを連れてってやりたいって思うようになったんだよ。今までどの年も届かなかったインターハイ出場、決めてスゲーだろって見せてやりたくて、すごいねって笑ってもらいたかった。おめでとうって喜ぶのことを考えるだけでいつだって心臓がドキドキしたんだ。
「インターハイ、絶対連れてくって言ったのに。ごめんな
「ごめんって言わないで」
 かぶりを振ったは唇を噛んで自分の目を手の甲で擦った。すん、と鼻をすすってガラガラにかすれた声が一言ずつ確かめるようにゆっくり言葉を並べてゆく。
「謝ることなんてなんにもない。越野君達が毎日どれだけ練習頑張ってたか。今日だってどれだけ必死に戦ったか。知ってるよ。見てたから。だから」
 何度かしゃくり上げたのまつ毛が何かを伝えようとして小さく震えた。
「ごめんじゃなくて、次は勝つ、って。いつもみたいに、絶対見にこいっていってよぉ……っ!」
「当然だろーが!!」
 立ち上がって叫んだのは何か考えたからじゃない。
「次は絶対負けねぇ! 湘北も、翔陽も、海南だって倒して。今度こそオレらが……っ」
「インターハイ」
「たりめーだ!!」
 感情のまま吐き出した言葉に今は根拠とかどーでもよくて、ただうまく今日を乗り越えて明日へ繋げるためのお守りみたいなもので。でも握っとくなら期限切れの切符より断然良い。
 そうだよね、絶対行けるよね。涙声よりも泣き声に近いトーンでそう言って立ち上がったの細い人差し指がオレの頬をそっと撫でた。
 顔を突き合わせて精一杯強がって笑って見せる。つられても真っ赤な目でヘタクソな笑顔を作った。
「越野君、みんな待ってるよ」
「おう。そろそろ行くわ」
「また明日ね」
「また明日な、
 それからいつも教室でするみたいな挨拶を交わしてオレは駐車場へ、は駅へ。それぞれの帰り道を歩きだした。
「帰り道」
2023/05/27・2023/06/10加筆修正