「ぎゃあっ! 仙道君?!」
 浮かれた人混みと祭囃子に負けない声で両脇の友達が叫んだのは超高校級な同級生の名前だった。
「お、さん」
 そしてあろうことか周りから頭一つとびぬけたとんがり頭は私たちに気付くとずんずんこちらへ近づいてくる。
「よっ」
「久しぶり……だね」
 心臓がどくん、と大きく音を立てたのは端正な顔がにっこりと微笑んだからじゃない。仙道君の近くにもう一人見知った顔を見つけたからだ。
も来てたのかよ」
「越野君」
 私はバスケ部に何の関わりもないただのクラスメイトだから、越野君と夏休み中会うきっかけなんて一つもない。次に話せるのは二学期が始まってからだと覚悟してたのにまさかこんなふうに会えるなんて!
 今日、花火大会来てよかった。友達が声かけてくれてよかった。仙道君が寄ってきてくれてよかった。度重なる偶然に心が弾んでしょうがないけど、それがバレないようこっそり深呼吸してから彼らに目くばせをした。
「今日4人?」
「おー」
 仙道君のほかに並ぶ顔ぶれは越野君、植草君、福田君。おなじみバスケ部メンバーだ。
「仙道君がお祭り来るの意外~!」
 友達の一人が興奮気味に問いかけると越野君の肩にポンと手を置いて仙道君は笑った。
「はは、越野がどーしても来たいっていうから」
「言ってねーよ!」
 間髪入れず越野君から否定が飛び出すものの、それかき消すかのように今度は福田君と植草君が次々後ろから越野君を小突いてゆく。
「実際越野のためだろ」
「ほら〝いた〟」
「なっ……」
 突然始まった内輪揉めを見守るしかない私と友達は顔を見合せ首を傾げる。
 お前らいいかげんにしろ! 一際大声で越野君が叫んだ瞬間、ぽんと東の空が弾けて瞬いた。
 
「きれーだね」
 音を立て打ち上がる光の環。色を変え何度も何度も夜空に咲くのを夢中になって見上げ、つぶやいたのは近くに立っていた友達へ向けたつもりだった。しかし返ってきた「そうだな」はその子の声じゃない。鼓動が一気に跳ね上がった。
 
 大好きな声が隣で私の名前を呼ぶ。私の心臓が震える。すん、とラムネのような匂いと地面に荷物を置く音がして蒸し暑い夏の空気に体が溶けてしまいそうだった。
「似合ってんじゃん浴衣」
「あ、ありがと」
 光に照らされた横顔とかち合った視線を思わず逸らしてしまう。
「ねえ越野君」
「ん?」
「あの、来年は」
 視線を落とした先に見えたのはおろしたての草履と並ぶくたったジャージの裾とスニーカー。
「来年は……今頃インターハイで大忙しだね」
「トーゼン。ちゃんと観に来いよ」
「うん」
 来年は花火大会、一緒に来れたらいいな。欲を言えば二人で。そう思ったけれどやっぱり花火なんて見れなければいい。
 花火なんて見れないくらい越野君とバスケ部の夏がずっと続きますように。このくたくたのジャージが報われますように。
 そう願いながら不意に当たって離れない肩へ少しだけ体重を預けてみた。
「花火」
2023/05/06・2023/06/10加筆修正