同じクラスで後ろの席のは他で見たこともないようなライオンのキャラクターをなぜかいたく気に入っているらしい。下敷き、筆箱、シャーペン。飴やガムが入ってるよく分からねー巾着みたいなやつ。あらゆるものをそのキャラクターで揃えているが、それだけでは飽き足らずついに今日、家からぬいぐるみを持って登校してきた。
「違います」
 間の抜けたいつもの「おはよー」より先に発せられた不満そうな声の主は、ぬいぐるみを持つ手で机に乗せた自分の通学カバンを指さした。
「ぬいぐるみじゃなくてキーホルダー! 越野君見てよ、ここに付けてたのさっき外れちゃったのよぅ!」
 いや、もうぬいぐるみだろそのサイズ。キーホルダーと呼ぶにはデカすぎるそれをの手からかすめ取って見てみれば、確かに頭の辺りにはボールチェーンを通すための小さな輪っかが付いている。外れた金具はどこかにいってしまったと椅子に座ったはため息交じりに言った。
「ほんっと好きだなこのタヌキ」
「タヌキじゃなくてライオンだってば」
「あーそうだっけ」
 本当はタヌキじゃないことくらいとっくに知ってるけれどあえて茶化すのはの反応が面白いからだ。
 背もたれに片腕を乗せ後ろを向くとセーラーの袖が取り返そうとこっちに伸びてくる。なので一度それをかわしてふくれっ面をしっかり拝んでからキーホルダーを机に置いてやった。
「越野君には分からないかなぁ。ポコ太のこのカワイさが!」
 すぐさま手に取り可愛い可愛いともみくちゃにする。可愛いならもっと大事にすりゃあいいのに、連呼する言葉に反して力任せに握るせいで輪郭が完全に歪んでしまっている。
「潰れてんぞ」
「へへ、カワイイ物見ると「ぎゅっ」てしたくならない?」
「なんねーし。こわ」
「ウソ! だってなんか……あ!!」
 不意に力の逃げ場が無くなったキーホルダーがの手を離れ宙を舞う。隣の机の下へ転がったのを追いかけて腰を浮かせたが手を伸ばしたと思ったら体を起こすより先にゴン、と今度は鈍い音が耳に届いた。
「ぎゃっ!」
 が隣の机の角に頭をぶつけた音だ。その拍子にまたもや手からこぼれたキーホルダーは最終的にオレの足元に転がってきた。
「あーあー何やってんだよ。大丈夫か?」
 屈んだまま頭を押えたは小さく頷いて恥ずかしそうにオレの方を向いた。
「……見た?」
 この状況で見てない選択肢があるかよ。とかそんなことは正直どうでもよくて、柔らかそうな髪の隙間から赤い顔と少し潤んだ二重が視界に入った途端あばらの奥のあたりにぞわっと浮き上がる感覚がして、気付けばオレは伸ばした右手で顔を上げたの両頬を「ぎゅっ」と思いきり挟んでいた。
「キュートアグレッション」
2023/04/22・2023/05/05加筆修正