真っ白なアクビが朝焼けに溶けていく。
早起きはニガテだ。
ふわ、ともう一つわたあめを浮かべてほとんど人のいない駐輪場を眺めること数分。寝ぼけまなこが見慣れたシルエットを捉えて心臓が早鐘を打った。
「お、おはよ。越野君」
「は?
?!」
ささっと髪を撫でつけてから登校してきたジャージ姿に声をかけると、自転車を停めた越野君は目をまん丸にして近づいてくる。
「何してんだよこんなとこで!つーか来るの早くね?」
「えへへ。越野君にね、渡したいものがあったから」
だから朝練前に会えるようがんばって早起きしました。はい。
通学カバンと別に持ってきたショッパーをまさぐって中に入った小さな箱に触れる。手が震えるのは寒くてかじかんでるだけ。そう自分に言い聞かせて越野君へそれを差し出した。
「えっと。これ」
新しいカレンダーの暦をピリッと1枚剥がした月の14日。中身は言わずもがな
「チョコ……なんだけど……」
視界に映る四角い小箱は待てど暮らせど私の手の中。ちらりと表情を盗み見れば越野君は口を半開きにしたまま私の手元をじっと見つめていた。どういう反応?気まずすぎる!
「ほ、ほら!2年になってから越野君にはいろいろ迷惑かけたし、お世話にもなったし!お礼も込めてってことで……あの……」
いらないって言われたらどうしよう。心配になって言い訳をまくし立ててるうちに指先の重みはふっと消えた。
「あー……おう。ありがとな」
テンション低めの声が聞こえて顔を上げたら、目の合った越野君は手の甲ですんと鼻をすすってからそっぽを向いた。
「てかさ、わざわざここで待たなくたって教室でよかっただろ」
「んー。一応越野君のはほかのと違うから。と思って」
するとあっち向いた越野君の視線が再び戻ってくる。
「ほかのって?」
「仲良いグループの子とか部活のみんなにあげる用だよ」
ショッパーを腕で揺らすと中身が気になるらしい越野君は前のめりで中を覗きこもうとする。私は包みを一つ取りだし、険しい顔の前へ持っていった。
みんなに渡すのはバラチョコをいくつか詰め直した小さいラッピング袋。だけど越野君に渡したチョコだけは、リボンと包装紙でしっかり包まれた化粧箱に入っている。
リボンは黄色。包装紙は白地に青のストライプ。
バレンタインの催事場へ出かけた時、このラッピングに目を惹かれて立ち寄ったショーケースには鮮やかな青色のジャンドゥーヤが陳列されていて。なんだかバスケット部のユニフォームみたい!って思ったらすぐさま越野君の顔が浮かんできた。
越野君にあげたら喜んでくれるかな。
そう思って一つだけ、越野君の分だけ買って帰ってきた。
「ちっちゃいのはいっぱい持ってきてるから、こっちもあげよっか?」
「じゃーもらう」
開かれた大きな手にポコ太柄のラッピング袋を追加で着陸させる。両手を見比べた越野君は口を真一文字に結んで、両方とも部活のバッグへしまい込んだ。
「オレ、朝練あるから」
「だよね。時間取っちゃってごめん」
「いや」
首を横に振った越野君はくるりと後ろを向いたけど
「あそうだ。代わりにこれやるよ」
と、ジャージのポケットへ手を入れ、もう一度こっちを向いて何かを私の手に乗せた。とたんに手のひらがじわっと温かくなる。
ありがとう、という間もなく越野君は部室へ駆けていってしまった。
やったー!越野君にチョコ、渡せたぁー!
がらんとした教室で越野君からもらった使い捨てカイロをもみくちゃにしながら充実感を噛み締める。
元々あのチョコで告白しようなんて気は初めからない。前から越野君は「部活引退するまで彼女は作らない!」って言ってたの聞いてたし。それでなくてもそんな勇気ないし。
でも、それでもあれは私にとって特別なチョコで、唯一渡すのに勇気の要るチョコだった。
最初ぽかーんとされた時は本気で終わったと思ったけど何とかなった!やったやったー!幸せが止まらないよーっ!
「おはよう。今日寒いよな」
拍車がかかった私のカイロいじめを見てか斜め前の小佐井君がちょっと笑いながら挨拶してくれた。ふと時計を見れば時間は思いのほか経っていて、いつの間にか登校してきた生徒で教室はいっぱいになっていた。
「おはよー。めっちゃ冷えるよね」
すると次は前からどかっとふてぶてしい音が聞こえてくる。
「青いチョコってあるんだな、
」
メントールの匂いを漂わせているのは間違っても前の席の井上さんじゃない。椅子に横から座って私の机へヒジをついたのは朝練を終えて制服に着替えた越野君だった。
「お疲れ越野君」
居心地悪そうな小佐井君を気にしつつも、越野君はお構いなしに割り込んで話を続けた。
「まだ食ってねえけど中は見たぜ。仙道も植草も青いチョコは見たことねーって。よく見つけたな」
「げっ!みんなに見せたの?!」
「わりーかよ」
「わりくないけどさぁ~」
一応朝一こっそり渡したのは越野君がみんなにからかわれてイヤな思いしないようにって意味もあったんだけど。
「とにかくうまそーなやつサンキューな」
そんな私の気持ちはつゆ知らず。越野君はさっきと打って変わりハキハキ私へお礼を言い、小佐井君をちらっと見てから得意げに自席へ戻っていった。
「
さん、越野にチョコやったんだ?」
「うん。まあ」
もしかして私が早起きした意味、なくない?
小佐井君の何とも言えない視線を遮るように私はあつあつのカイロを額へ押し当てた。
熱い恋には向かないけれど
2024/02/15