「
聞いて!あたし好きな人出来たの~!」
彼氏に振られたと一ヶ月前に泣いて電話を寄越した親友が、お昼のサンドイッチを私の机に置きながら嬉しそうにこう言った。
「この前あんなに泣いてたのに?」
「女の恋は上書き保存よ。いつまでも引きずってたってなんにもならないでしょ?」
「まあ確かに……で、誰?」
こんな風に相手から切り出されたのなら、もちろん一番聞きたいのも聞いてほしいのもこの質問しかない。
現に人がいなくなった隣の席から椅子を引っ張り腰掛けた我が友は、待ってましたと言わんばかりに二つの半月をにぃ、と細めて私の耳元に近づいた。
「誰にも言わないでよ?」
「うん」
「……せんどーくん」
「うわ、また倍率高そうなところいったね」
ドキドキしながら相手の名を待てば、小さな声で打ち明けられたのはこの陵南高校で知らない人はいないくらいのビッグネーム。思わず苦笑すると、パックのジュースに勢いよくストローを刺した親友は胸を張って私に言った。
「あたし、そこらへんの「仙道君ファン」とは違うから。本気で彼女目指してるからね!」
「わかってるよ」
恋愛に興味の無い私と正反対の彼女は、恋多き乙女ではあるが一つ一つにいつだって全力投球。好きになったらたくさん話しかけて、好みの女の子に近づく努力をして。そうやって前の彼氏も振り向かせていたのは誰より側で見ていたつもりだ。……最終的には泣かされてしまったけど。
だからきっかけは分からないけど仙道君のことだって本気で好きになったんだろう。
「付き合ったらちゃんと教えてね」
「もちろ~ん!てかさ、やっぱカッコいいよねー仙道君!他の男子と違って余裕があるっていうかー、やっぱ付き合うなら余裕ないオトコは絶対ダメよ。うん」
揺れる机から落ちそうなサンドイッチをこっそり中央へ避難させつつ、そのこだわりは一ヶ月前と関係あるのか疑問が湧いたけれど、頬を染め幸せそうな彼女を見て口に出すのはやめた。
「ってコトで、放課後
も一緒に練習見に行こー」
「んー」
「む、ツレないヘンジ!」
今日は金曜日。毎週金曜、ダッシュで帰れば間に合う再放送のドラマと一瞬天秤にかけて返事をしたのが気に食わなかったらしく、頬杖をついた彼女は口を尖らせた。
「もしかしてアンタも仙道君狙いだったとか?」
「えぇ?!違う違う!」
「あたしたちの友情のためにウソはナシだよ」
「ホントに違うってば~」
じりじり焼けつく視線に負けじと見つめ返す。
もしもこのままあらぬ誤解がまかり通ったらこの子に悪い、のもそうだけど、何より厄介ごとが増えるに決まってる。この前だって仙道君ファンのグループが三年に呼び出されたって噂を聞いたばかりなのに。あー怖っ!
「ふぅん……そ。じゃ、今日授業終わったら廊下でね」
幸いにもそれ以上の後追いは無く、サンドイッチにかじりつく親友を見やりほっと一息つくと、自分も話に夢中になって食べそびれていたお弁当へようやく箸をつけた。
「でもさ、バスケット部の人たちってたくさん人が見てる中で毎日練習してすごいよね」
一旦区切りがついたものの、やはり話題は仙道君絡みのことになってしまう。
私が知ってる仙道君の情報と言えばバスケット部のエースだということ。そして仙道君のいる放課後の体育館はいつだってボールとバッシュの音、田岡先生の怒鳴り声、それから中を覗く女子生徒であふれている。
一年の頃は特に先輩たちの意地の張り合いと田岡先生の「フクダー!」の怒号が怖くて体育館付近を通るだけで居心地が悪かったのを思い出した。
「私なら絶対ムリだもん、いろいろと」
「あはは!たしかにアンタは無理そーね」
「みんな気が散ったりしないのかなぁ」
「うーん。毎日ああなんだし慣れるもんなんじゃない?」
「そうそう。慣れるモンだぜ」
突如さっと手元の弁当箱に影が差して、私でも彼女でもない第三の声が割り込んできた。
驚いて声の方へ目を向けると、購買のパンとスポーツドリンクの缶を手に持ったつんつん頭がにっこりこちらへ笑顔を向けていた。
「せ、仙道君?!」
まさに話の中心人物、隣のクラスの仙道君。なぜここに?!私があんぐり口を開けている間にもフットワークの軽い親友は速攻サンドイッチを机の上に戻して話しかけていく。
「あっ仙道君!実はあたし最近バスケットに興味があってー、今日練習見に行きたいんだけどいーい?メイワクじゃないかな?」
「ぜーんぜん」
さっと上目遣いを仕込んでるあたりさすが彼女の座を狙っているだけあるな、と感心しながら二人のジャマをしないよう箸でつかんだままの玉子焼きをそっと口に放り込む。
「むしろ試合じゃ絶対観客がいるわけだし、普段から人の目に慣れてた方がいいからオレ達は大歓迎。な、越野」
仙道君はそう言うとにこにこ顔を崩さずふと別のところへ視線を送った。すると私の前の大きな背中がのそりと揺れ、仙道君とは対照的にややフキゲンそうな顔がこちらに向けられる。
コロッケパン片手に振り返ったのは同じクラスで私の前の席の越野君。そうだ、越野君も仙道君と同じバスケット部だ。
「大歓迎っつーか、別に一人二人増えたってたいして変わんねーよ」
「じゃ、じゃあ仙道君!あたし見に行くっ!今日も練習ガンバッテね!」
「サンキュー」
そんでもって完全に体が仙道君の方を向いている彼女はすっかり目がハートになっている。
とにかく貴重な仙道君との雑談タイム、私もアシストしなきゃ!とどうやって言おうか考えてるうちに、彫りの深い横顔がこちらを向いた。
「
さんも来てくれる?」
あ、私の名前知ってたんだ。とかぼーっと意識の遠いところで考えながら首を縦に振る。
「ああ、うん。この子と!こ・の・子・と一緒にね!」
「越野。
さんも来るって」
仙道君はまた越野君に話を振りながら、そこらの椅子を持ってきて越野君の机にパンと飲み物を置いた。その瞬間、目の前の椅子がガタガタと派手に音を立て、今度は越野君が立ち上がった。
「だから!なんでオレに振るんだよ仙道!」
「……あー。OKOKなるほど。「そっち」の方か」
「はぁ?!ど、どういう……あっ」
「っと」
仙道君に食ってかかった拍子に越野君の机で二人分の缶がバランスを崩す。仙道君はすぐ手に取ったけれど、越野君のポカリスエットの缶はそのまま床に転げ落ちてしまった。幸いまだプルタブは開けていなかったようで、中身はこぼれることなくコロコロとこちらに転がる青いパッケージ。運動部の男子って部活以外でもスポーツドリンク好きだよねぇ。
「はい」
「わ、悪ぃ」
拾って越野君に手渡すと、なぜか眉間に皺を寄せてぶん、と音が出そうな勢いでそっぽを向かれてしまった。
フライデー・ガールインラヴ
2022/07/25