「
!」
やや遠くから名前を呼ばれて、同じくバスケット部の練習を見にきただろう周りの女子の視線が消去法で私に集まる。気まずさを感じながら最小限で手を振り返すと、目が合った越野君は私の前まで来て
「よお」
と、朝教室でするくらいのあいさつをした。
「お疲れさま。ごめんね、わざわざ出てきてもらって」
「別に。で、どーしたんだよ」
ああ、一旦出直したい。四方八方から突き刺さる好奇の視線に今更どうにもならない願いが頭をよぎる。
仙道君が圧倒的すぎるせいで隠れがちだけどバスケット部は結構みんなモテるんだ。その中でも2年ですでにレギュラー入りしている越野君の人気がないわけがない。
ささっと渡して早く友達と合流しよう。がしがしと頭を搔く越野君へ私はレジ袋を差し出した。
「今日、本ありがとう。もらいっぱなしじゃ悪いなぁって思ってお礼にコレ持ってきたんだけど」
「オレに……」
越野君はまじまじと私の顔を見て、それから袋の中を覗き込んだあとまた私の顔を見た。
「オレにだよな」
「あの本、越野君のでしょ?」
「たりめーだろ」
「じゃあ越野君にだよ。お礼だもん」
「…… ん」
ここまで話したところで、ようやく伸びてきた大きな手が私からレジ袋を攫っていった。
「まだ冷てーじゃん。サンキュー」
「どういたし、まして」
無事渡せてよかった。ほっと胸を撫で下ろして、あとはこの場を去るだけ……のつもりだった。しかし越野君がレジ袋を受け取った直後、耳に届いたのは明らかに不穏なざわつき、それから
「あ……アンビリーバブルや!!」
一際大きな関西弁の声だった。
「どないしたんです越野さん!今まで女子からの差し入れ、受け取らはったためしないやないですか!」
いつの間にか越野君の後ろまでやってきたヒコイチ君が血相を変えて私達の間に滑り込んでくる。
「え、そうなの?」
「イヤ、オレは」
「ホンマですよ
さん!越野さんってばいーっつも「オレ、アイツ知らねーし」とか言うて断っ……」
「人がしゃべってんだろ!ウルセーぞ彦一!!」
だんだん目を細める越野君にはお構いなしにまんまるの瞳を輝かせ話していたヒコイチ君だけれど、最後の一喝はさすがに効いた模様。「スンマセン」と一言、しゅんと縮こまった背中を軽くあやしながら私は越野君へ視線を送った。
「甘やかすなよ」
「まあまあ……それよりごめん。差し入れされるの好きじゃなかった?」
以前から仙道君が差し入れやプレゼントを受け取っている姿を友達の横で見てたから深く考えもしなかったけれど、練習中にあれこれ渡されるのは迷惑だと思う人だっているだろう。それにまず、こんなふうにお礼をするなら先に越野君へ一声かけておくべきだったと思う。
「今度別でお礼するね」
「待てって
」
じわじわと色濃くなる後悔から渡したレジ袋を引き取ろうと手を伸ばすけれど、越野君は体をひねってそれを遮った。
「これはもらう」
「でも」
「……今まで断ってたのは!話したことない奴とか顔も知らねー奴から何かもらったって仕方ねえだろってだけでさ。
は違うじゃんか」
なるほど。そっぽを向いた越野君から一呼吸置いて告げられた理由はもっともらしい内容だった。差し入れ自体がどうこうではなく面識のない相手だから断る。それは納得できたけれども、次に私は衝撃の一言を聞くこととなる。
「オレ達は、ほら。仲いいし」
「えぇ!?」
越野君がわずかに眉をひそめたのを見て慌てて自分の口を手で塞いだ。
「なんだよ」
「ううん。あー。バスケットの話とかよくするもんね最近」
「だろ?」
真偽はさておき、越野君の意見に迎合するように首を縦に振る。すると越野君はあろうことか、にかっと私に笑って見せた。
何が起こってるんだ。
席が近くなって最近よく話す。けれど私の前じゃいつも険しい顔ばっかりだし、この前はどんくせーって悪口言ったじゃない。
突然の出来事に白いペンキがひっくり返った頭じゃ、越野君へなんて返していいか分からない。とりあえず曖昧に笑い返したら。
「越野さん。もしかして彼女さんですか?
さん」
私と越野君を交互に見比べたヒコイチ君の言葉が更に追い打ちをかけた。
「ひ、ヒコイチ君!!」
まだ2年になってすぐだけど、おそらく私の高校生活で一番大声を出して後輩の名前を叫んだ。
「なんでそうなるの?!そんなわけないじゃん!越野君とは席が前と後ろなだけで全然、普通のクラスメイトで……ね!?越野君!!」
同意を得ようと顔を上げたタイミングで鳴らされた笛と田岡先生の「集合!」を合図に、さっきの笑顔は幻だったんじゃないかってくらい、みるみるうちにいつものちょっぴりフキゲンな顔に戻った越野君は何も言わずに体育館の中へ戻っていった。
長い長い5分間を経て出入り口に残ったのは興奮気味に沸き立つ声と、いくつかの疎ましげな表情。ドキドキと痛いほどに鼓動が強くなる中私は逃げるようにその場を後にした。
ますます越野君が分からない。
分からないけど私と越野君はどうやら「仲がいい」らしい。
5ミニッツ・フォー・ガール
2022/12/24