イライラする。
見てよー!これ、昨日仙道君がやってたやつみたいじゃない?!」
何に対してかって?
「ほんとだ、あのキュッキュッてやってシャッてするけどシュートじゃないやつだよね」
「それそれっ!」
このマヌケな会話に、だ!

「なんだよ今の」
予鈴が鳴って、ようやく騒がしい声が隣の教室へ戻ったのを見計らい後ろを振り返る。
「あ、越野君も読む?」
後ろの席のは顔を上げると、片付けようとしていた雑誌をもう一度机の上に戻してのんきに表紙をこちらへ見せてきた。
「週刊バ」
「スケットボール、だろ。今週のはもう読んだ。つーかまた増えてね?このタヌキ」
「ライオンだってばあ」
雑誌の横に置かれているデカい筆箱のキーホルダーをつつくと、案の定文句がわっと返ってくる。
本当はこいつがタヌキじゃないことなんてとっくに知っている。でもあえてそう呼ぶのはの反応が面白いからだ。
「3つも付けてた?」
「この寝てるのは昨日買ったんだ~」
「ふーん。その本も?」
「うん。バスケットのルール覚えたくって」
「……はぁ」
すると今のオレの返事をどう受けとったのか、は少し焦った様子で苦笑いを浮かべた。
「びっくりした?」
「何で」
「本買うほどルールも知らないのかって。越野君にとったら一般常識みたいなものだもんね」
思ってねーよそんなこと。
実際オレもバスケを始めるまで馴染みのなかった専門用語やルールはいくつもあったし、なによりさっきまであんな擬音だらけの会話してた奴がバスケのルールを知らなくったって何も驚かない。
けれどその弁解を口にする前にはさらに話し続けた。
「実はね、前お昼に仙道君と話した日以外も、友達とバスケット部の練習見学させてもらってるんだけど」
知ってる知ってる。さっきまでいたセンドーセンドーウルセー女子と放課後体育館にいるのをここんとこ何度も見掛けている。立っているのは決まって校舎と反対の方の、校庭側にある出入り口。仙道ばかり追いかける女子の群れの中ではいつもあちこちキョロキョロしてるからすげー分かりやすいんだよな。
「私バスケット……というかスポーツの知識が人並み以下でさぁ。運動神経めちゃくちゃ悪くてずっとスポーツ全般避けて生きてきたから」
「あー。この前の体育バレーボール顔で受けてたもんな」
「なっ……なんで知ってるの?!」
「……たまたま見えたんだよ」
「やだ、恥ずかしー」
みるみるうちに赤くなる頬。はそれを手に取った雑誌で隠した。
かわいい。
……じゃない!とっさに浮かんだ言葉は首を振って外に追いやり雑誌を上からひっぺがした。
「それより
さっきの生返事はルールを知らないことに呆れたからじゃない。オレが引っかかったのは
「ルール覚えるのに何でルールブック買わなかったんだよ」
ってことだ。
「ルールブック……」
オレの言葉を繰り返すはきょとん顔。
「ほらあるだろ。「今日からはじめるバスケットボール入門」みたいなさ。情報誌じゃルールは覚えらんねーじゃん」
「……あ」
それからは顔を赤くしたまま、今度は今気づきましたって表情をした。
って結構どんくせーのな」
意外だった。バレーボールのアレは単純に運動神経の問題だろうが、他ではそそっかしいイメージは全然無かったし、むしろいつも一緒にいる友達のフォローをしてるようなタイプだと思っていたから。
だから素直な感想をそのまま述べただけのつもりだったけれど、途端には曖昧な苦笑いから明確に気落ちした顔に変わっていった。
「うん。そうかも」
目を伏せ、蚊の鳴くような声で呟いたはまた雑誌を顔にかぶせて押し黙る。ヤバい。バスケ部の奴らと同じノリで軽口叩いちまった。
「や、冗談だって」
「いいよほんとのことだし」
もう一度雑誌を下ろそうとするが、さっと身を引かれてそれは叶わない。
どっと汗が吹き出すと同時に廊下から聞こえる足音が更にオレを焦らせる。あーもー!!
「来週持ってきてやるよ」
机を軽く叩き合図を送ってそう言うとマイケル・ジョーダンの上から大きな瞳が生えてきた。
「ルールブック。昔使ってたやつオレもういらねーから。にやる」
「いいの?」
「おう」
ガラリと音を立てて扉が開き、先生が古文の教科書を携えて教室に入ってくる。
起立。礼。バラバラと着席するタイミングで後ろからの声が聞こえてきた。
「ありがとうこしのくん」
オレは振り向かない代わりに片手を小さく上げてそれに応えた。

オレは知ってる。
の好きな「タヌキ」の名前も、体育が苦手なことも。そんで案外ドジなところがあるのも分かった。けど、の「ありがとう」に対してどうにもむずむずしてしまう理由だけは今も分からない。
分からないけど今日は練習が終わったら早く帰ろう。リビングの本棚にある青い表紙を頭に浮かべながらそう思って教科書を開いた。


「ちょ、母さん!ここにあった本は?」
「アンタねー、この前古紙回収で捨てるって言ったでしょ?」
「あ゛っ!!!」
5ミニッツ・フォー・ボーイ
2022/11/06