冬の寒さもようやく和らいできたある日のお昼休み。今まで誰も寄り付かなかった中庭のテラスが柔らかい日差しに包まれとても気持ちよさそうだったので、私たちは食堂へ向かう足を方向転換。木目のガーデンテーブルへ二人分のお弁当を置いた。
「わぁ、もう桜咲いてるだっちゃわいやー」
「ほんとだ!もう春かぁ」
「どーしたんだらぁか?」
「ううん、一年は早いなーって思っただけ。早くご飯食べよ?」
パプワ島からトットリくんが帰ってくるのを待っている間は季節の移ろいがすごく長く感じたけれど、彼の隣で過ごす日々はこんなにも早いものなのか。好きな人と共に過ごす幸せは私の心を中庭で咲き誇る桜のように淡いピンク色で満たしてゆく。
「あ」
上からはらはら落ちてきた桜の花びらがちょうどトットリくんが口に運ぼうとしたハンバーグにくっついた。
「今日は風が強いっちゃね。
ちゃん、寒くないっちゃか?」
ガンマ団士官学校の入学式もとっくに終わり穏やかな気候が続いているものの、吹く風は少し冷たい。心配そうに私の顔をのぞき込むトットリくんへ大丈夫だよ、と言いかけた時、桜吹雪とともに突風が私とトットリくんの間をビュンと駆け抜けた。
「へくしっ」
「
ちゃん?!」
トットリくんはどんぐりまなこを更にまんまるにして私を見た。しかしくしゃみは止まらない。私は立て続けに3,4回くしゃみを連発してしまった。
「ごめ、ととりくん」
しまいに鼻まで出てしまって、ずびっとすすりながら私はトットリくんに手を振ったがトットリくんは神妙な顔で食べかけ弁当の蓋を閉めて立った。
「やっぱり寒かったっちゃよね。中入って続き食べるわいや」
建物の中、と言ってもゆっくり食事ができるようなところは食堂しかない。そして新入生も増えたこの時期は特に、お昼休みの食堂の混み具合といったらない。今から行ったところで立ち往生するだけだというのはガンマ団に勤めてる人間なら誰もが分かることだ。
「大丈夫だよ、ここで食べよう?」
「何言いさる。無理しちゃだめっちゃよ」
「でも今から行っても……」
「はいはい、仲良くお食事中のところすみませんねぇ」
軽く言い合いになっていたところに突如割って入った声。振り向くと高松さんが呆れた顔で立っていた。トットリくんは声の主を特定すると少し後ずさった。心なしか顔色も悪い。
「こんなところにいたんですか、
さん。探しましたよ」
「ドクター高松っ!どげしてこんなとこに」
「残念ながら今日はあなたに用はありませんよ、トットリ。……もうそろそろ薬が無くなる頃かなと思いまして。はい、
さんこれ。ないと辛いでしょ」
「あっ、今日帰りに取りに伺おうと思ってたんですよ。わざわざありがとうございます」
「いえ、お大事に」
そう言って高松さんは去っていった。高松さんの背中を見送って、トットリくんに向き直るとトットリくんはおもむろに制服の上着を脱ぎ、私に着せ始めた。
「な、なにしてるの?」
「風邪引いてる時は温かくせんとだめだっちゃよ」
「風邪?!」
トットリくんは泣きそうな怒ったような顔で私を見た。
「どーして薬飲むほど辛いのに黙ってたんだらぁか?
ちゃん。言ってくれたら無理してお弁当だって作らせたりせんかったっちゃに」
私の肩にかけた上着の上から、トットリくんはぎゅうっと抱きしめてくれた。
「我慢せんでもっと頼って欲しいわいや」
「トットリくん」
実を言うと高松さんからもらったのは薬は薬でも「風邪薬」でなく「花粉症の薬」で。私は風邪を引いたのではなく今年から花粉症デビューしてしまっただけなのだが、あんまりトットリくんが心配してくれるものだからこの事実はもう少しだけ伏せておこうと思ってしまった。
思い過ごしの効能
2010/04/17 2020/11/08加筆修正