「トットリくん。ガンマ団就職決定おめでとう」
『殺し屋集団』と悪名高い組織への入団。いくら忍者の家系とは言え他の誰もが含みを持った言葉を投げかける中、瞳を潤ませて門出を祝福してくれたのは君だけだった。
「じゃあ、ね。トットリくん」
そう漏らす
ちゃんの声がひどく鮮明に聞こえた。ひんやりとした現実を今更ながら目の当たりにして戸惑いがちに首を振ると
ちゃんはふっと寂しそうな笑顔を背中で隠した。遠ざかってゆく影を見送りながら考える。きっともう訪れることはほとんど無いだろうこの故郷と同じように
ちゃんと会う事はなくなってしまうかもしれない、と。いや、もし
ちゃんがこのままくのいちとしてガンマ団のような別の組織に就職してしまったら次に会うのは最悪の場所で、なんて事も十分に有り得る話だ。
幾度となく伝えようと思った言葉はやはり最後まで生まれることなく中途半端に伸ばした手は彼女に触れず虚空を掻く。せめて最後、あの背中が見えなくなるまで。そう頭をよぎった時、突風が僕と
ちゃんの間を吹き荒んだ。僕は反射的に目を閉じる。そして風が止んだ後ゆっくりと開けた目の前の情景にガン、と鈍器で頭を殴られたような衝撃が体を貫いた。
桜吹雪が舞う中に桜色の装束が溶けあう姿があまりに儚げでこのまま
ちゃんが吸い込まれて本当にもう一生僕の手の届かない所に行ってしまうようなそんな気がして。ああもう駄目だ、これから思い出だけで生きていくなんて辛すぎる。そんな思いが堰を切ったようにあふれ出して、気づいた時には体が動いていた。
いつからだろうか、ずっと目で追っていた。
ちゃんの姿だけ見ていた。もちろん今だって。
「待つっちゃ!」
地面を蹴って、両手を伸ばして、君の名前を。
「
ちゃん!」
声を張り上げると
ちゃんは歩みを止め、柔らかそうな黒髪をひるがえしこちらを振り向いた。
「トットリくん?」
「
ちゃんに、聞いてほしいことがあるわいや」
「うん」
「僕、これからガンマ団に就職して、きっと色んな戦場に行くことになるっちゃ。鳥取にもなかなか戻ってこれんかもしれん。けど」
つたない言葉しか出てこず上手にしゃべれないけれど
ちゃんは笑ったりせず真剣な面持ちで聞いてくれていた。渦巻く感情に抗って無理に言葉を尽くすことを止めてみる。真っ白な頭の中に浮上する、たった一言、伝えたいこと。
「僕ぁ
ちゃんが好きだっちゃ」
「うん、……うん。私も好き。私ずっと待ってるから、どうか無事に戻ってきて」
ちゃんの小さな左手を僕は両手で繋ぎ止めた。だってこの腕はさよならの手を振るためにあるのではない。君のぬくもりを近くで感じるために存在するのだから。
After The Calm
2010/05/27 2020/11/08加筆修正