駅の看板が真ん中にポツンと一つ。その横には痛んだベンチが一つ。壁にはほとんど意味をなさない時刻表。目の前には東北特有の厚い曇天と低い瓦屋根の町並みのみが広がる寂れた無人駅の片隅で私たち二人は一時間に一本、一両しかない鈍行列車を待っていた。普段は待てども来ない列車に苛立ってばかりだが、この時ばかりは到着を望むことはない。もどかしいほどに時間をかけて彼を運んでくるあの列車は今、とてつもないスピードで私から彼を奪っていこうとしている。
「もう行っちゃうんだね」
「ん」
冷たく湿った風が、前よりも少し伸びたミヤギの髪を揺らす。煌くその髪を目の端に捉えるたびに私はたまらなく切なくなった。
「大丈夫だべ。また今度戻ってくっべ」
「次はいつ頃会える?」
「それは。まだわかんねぇべ。けど来れそうになったら絶対連絡する。待ってて欲しいべや」
「……それっていつまで?」
必死に堰き止めていたものが崩れていくのを感じた時にはすでに手遅れだった。今まで胸の内に秘めていた思いが自分の理性とは無関係に次々と声となって飛び出してゆく。
「秘石を取り戻しにちょっと行ってくるって言って一年以上も戻ってこなかった時も私待ったよ。帰ってきてから今までだって、ミヤギ、ずっと遠征ばっかで忙しくて全然会えなかったし会えるって言ってても休みがなくなって約束すっぽかされたことも一度や二度じゃなかった。それでもこうして待ってた。今度はいつまで?私いつまで待ってればいいの!?」
決して言うまいと何度も、何度も飲み込んだ言葉。
「ミヤギ、行っちゃ嫌!ここに居てよ!」
ミヤギは黙って私をきつく引き寄せた。私もこれ以上は黙ってミヤギの背中に腕をまわし深く顔をうずめた。ミヤギの体温や匂いが私の胸にこびりついて、私は小さな子供みたいに声を上げて泣いた。
ミヤギを困らせたくなかった。
ミヤギの仕事は他のどんな仕事より体も精神も使うものだと知っているから私はミヤギのためにできることはなんでもしようと決めた。この故郷で彼が安心して戻ってこれる場所を作って帰ってきたら彼が望むまま過ごせるようにすることが私ができる最大限の事であり、私にしかできない事なんだと、そう信じていた。しかし今私がしていることはなんだろう。仕事へ戻る彼を引きとめるのに泣いてごねてるだけ。そう考えると自分が情けなくなり、また涙が出た。
遠くからパンタグラフのノイズが微かに耳に届く。ノイズは段々と大きくなり、やがて車輪の軋む声が無情にも寂れたホームに響き渡った。それでもこの腕は離したくなかった。
「
」
私を呼ぶミヤギの優しい声が上から落ちてくる。ミヤギはそっと私から体を離した。
「今まで悪かったべな」
私は精一杯の笑顔をつくろった。
「ううん。急にごめんね、ミヤギ。いってらっしゃい」
「いってらっしゃい、じゃねーべ。今日は」
その瞬間ミヤギは私の腕をつかみ思いっきり引っ張った。
「
!おめも一緒に来い!」
古びたドアはぎこちなく閉まり
一時間に一本、一両しかない鈍行列車は二人を乗せてゆるやかに加速した。
ラスト・トレイン・ホーム
2010/04/01 2020/11/08加筆修正