とある紛争の激戦区。特戦部隊の飛行船はそこから未だ離れられる気配はない。
「リキッド、リンゴと梨どっちがいい?」
ちゃん、俺は怪我人だけど病人じゃねぇからさ、そんなに気を使わなくていいよ。今回の任務、まだまだかかりそうだしちゃんもゆっくり休んでおいた方がいいと思うんだけど」
「ふふ。気なんて使ってないわよ。リンゴか梨を一個むくくらい、いいでしょ?」
よし、リンゴにしよう。と結局ちゃんは自分で決め、立ち上がった。少し間をおいて、しゃくしゃくと皮を剥く音と共に甘酸っぱい匂いが部屋を満たす。
「傷、痛む?」
「大丈夫。痛みはもうほとんどねぇや」
「そう、よかった。はい、リンゴ」
「サンキュ、うおっ!ちゃわゆい!」
俗に言う「うさちゃんリンゴ」が乗った小皿をちゃんは手渡してくれた。受け取る時に一瞬触れたちゃんの手は、冷たい小皿と対照的に温かい。
「でもよかったよ」
「えっ?」
ベッドの横の椅子に腰かけたちゃんは驚いたようにこっちを見た。
ちゃんが無事だったから本当によかった」
あちこちから数え切れぬほどの恨みを持つガンマ団。その特戦部隊隊長が連れ歩いている愛娘となれば人質としての価値はもちろん復讐の矛先が向けられることも十分すぎるほどにあるわけで。今回はいつになく戦闘が長引き手薄だったところを ちゃんが人質として誘拐されてしまったのだった。
俺が最後に吐きだした言葉。いやに質感を残して宙に浮いている。しばらくしてその余韻は、ちゃんの揺れた声に消えた。
「よくないよ。私が怪我してなくてもリキッドがこんな大きな怪我したんだから、よかったわけない。お願いだから自分はどうなってもいいみたいな、悲しい事考えないで」
だけどちゃん。俺にはこのやり方でしか君のためにできることがねぇんだよ。 ちゃんの事を守れるんだったらたとえ指の一本や二本、それどころか命だって喜んで差し出せるんだぜ。……なんて、そんなことを言ったって喜ばないだろ?ほら、今もきっとまるで自分のことのように悲しげに目を伏せている。だから俺は決して言葉には出さない。
「ねえ絶対よリキッド。約束だからね」
そう言ってちゃんは細い指を俺の目の前に差し出した。
約束を果たせる確証は、ない。それでも、君の笑顔が守られるのなら。そう思って小指を絡めた。

愛しいものは傷付けたくない。自分の何を失っても守りたいと思う。けれど結果、その行動こそが愛しいものを傷付かせる原因のひとつなのだ。そうと知りつつ然るべき時が来たら俺は君の前に立って手を広げるだろう。
絡めた小指に想いを込めて
2010/04/01 2020/11/08加筆修正