「
、何時まで不貞腐れとうつもりなんじゃ」
「だって」
「雨なんだから仕方ありゃせんじゃろうに」
そう言葉を交わす間にも空から落ちる粒は地面を強く叩きつけている。今の私には無力にもそれを睨み付ける事しか出来なかった。
「コージ!こんな時になんでトットリさんは遠征中なの?!」
「そげなことわしに言われても知るか!シンタローに言え!」
やれ遠征だの出張だので忙しいコージが貴重な休みのはずなのにお祭りに誘ってくれて、私は嬉しくてたまらなくて2週間も前からいろんなお店をハシゴして悩みに悩みぬいてやっと決めた新しい浴衣を一式揃えてたまには私の作る料理のことだけじゃなくて「似合ってる」とか、「可愛い」とか、そういう言葉で私の事を褒めてくれるのかなーなんて淡い期待で胸の中をいっぱいにしながら今日のために念入りに念入りに準備をしてきたというのに。雨、なんて。
「ねえ、トットリさんに連絡して今すぐゲタ送ってもらってよ!」
「無理言うな!大体あのゲタがなかったらトットリはどうやって戦うんじゃ」
「……ぶぅ」
「まあまあ。雨も大切な自然の恵みじゃけん、たまには降らにゃいかんじゃろ?な?」
コージは私を諭すように大きな手のひらで私の頭をくしゃくしゃにした。だけども今の私にとっては世界の水情勢より今日コージとお祭りにいけなくなったほうがよっぽど大問題なのだ!ソファーの上で黙ったまま俯く私の隣へコージも黙って腰を下ろした。居心地の悪い沈黙が二人の周りを重苦しく包む。気まずいな、と思うけどその気まずい雰囲気を作っているのは他でもない私だ。せっかくの休みで、二人きりでいてるのになんて事してんだろう。早く顔上げて、気持ちを切り替えて、って心で思っても体が金縛りのように動かない。頭の中で隣にいるコージに申し訳なく思う気持ちやいい加減ウザイって思ってるだろうな、って不安やいろんなものがぐるぐると回って目の奥がきゅーっと熱くなってきた。
「
」
そんな時コージがふいに沈黙を破って私の名前を呼んだ。その声色に怒ってるような雰囲気は見られなくてちょっと安心。
「何?」
「どうしても今日の祭りじゃないといかんか?」
「それは」
「来週」
「来週?」
復唱するとコージはこくりとうなずいた。
「そうじゃ。来週の日曜日は別の町で花火大会があるらしいぞ」
「へ?」
予想だにしなかったコージの言葉に出そうだった涙も引っ込んでしまって私はコージの顔をまじまじと見つめた。
「つれてって、くれるの?!」
「祭りじゃのぅて花火大会じゃが、駄目か?」
「だめじゃない!」
反射的にそう叫ぶとコージは大きな手で子供をあやすみたいに私の頭をポンポンと撫でた。
「で、でもいいの?仕事は?」
「明日シンタローに『来週の日曜日は何があっても絶っ対休みます!』って言うておくけぇ心配無用じゃ!」
また雨が降っても大丈夫なようにトットリの休みも一緒に取っといちゃるけぇの!と、コージは付け足し豪快に笑い声を上げた。
「浴衣着たかったんじゃろ」
「え?!」
「玄関に下駄が並べてあったけぇ、違うか?」
「違って……ないけど」
「おなごはそういうの楽しみにしちょるんじゃろう?ウマ子も最近水着がどーだやら浴衣がどーだやらよう言っとるわい」
頭に置かれていた手が脇へと触れた刹那、浮遊感が体を襲う。私は軽々と持ち上げられ、浮いた体は向き合う形でコージのひざの上に着地した。
「来週には着せてやるけぇ。もうちょっとだけ待っちょれ、な」
そう言って微笑むコージ。ちょっと解釈は違うみたいだけどまあいいや。
「コージ、ありがとう」
「いや、わしも
の浴衣姿が見たいけぇ」
「へへ、この前買った浴衣はね、赤地に鯉の柄の」
「浴衣っちゅうのは胸元とかうなじとかそそるものがあるからのぅ」
「……ばか!スケベオヤジ!」
「ぬしが可愛すぎるけぇ悪いんじゃ!」
コージはそう言い終わらないうちにドン、と私の方へ体重をかけるといとも簡単に私の背中はソファーにくっついてしまった。
一瞬にして空気が変わる。
コージは額に軽くキスを落とすと私の首筋を指で撫で上げた。コージの指は武骨な見てくれに反して夏の夜に吹く風のような繊細さで私に触れてくるせいで、スイッチが押されたように体の奥で甘やかな火種が灯される。ずるいよコージ。唇で彼の吐息を感じた私はそっと目を閉じた。
雨音に溶けるベーゼ
2010/06/12 2020/11/08加筆修正