5日目までは覚えていたが、それからは数えるのを止めた。
ひんやりとした地下牢の床とは対称的に、体は傷が熱を持って燃えるように熱い。後ろ手にくくられた縄を解くどころか芋虫のごとく這いつくばった体を起こす力もない状態。私はそろそろ死ぬんだろう。他の誰でもない、自分の命の灯が今まさに消えかかっているのにまるで他人事の様に酷く冷静な自分がそこにはいた。まあ放っておいてもこの国は落ちる。任務は成功、問題はない。
重くなる瞼に抗うのを止めようとした丁度その時、急に牢の外から男の喧騒が聞こえた。津波のように遠くから徐々にこちらへ騒音が近づいたと思えば門番の一人が吹き飛ばされ目の前にどっと倒れこんだ。事の起こりが全く分からず、閉じかけた瞳を上げて檻の隙間から目を凝らして見たが、そこに見えたシルエットに頭が真っ白になった。
「
」
爆風の中から不意に名前を呼ばれた。燃えるような金髪を掻き上げながら一人の男が近づいてくる。部屋の暗さと舞い上がる煙で顔までははっきり見えないがそれでも分かる。私のよく知っている人。
「ハーレム様」
「テメェ、誰の許可があってこんな無茶してやがる」
「この国の討伐が、マジック総帥からのご命令です」
「そういうこと聞いてんじゃねーよ」
「特戦部隊の隊長様が、どうしてここに?」
「たまたま通りかかっただけだ」
「……なんどめの”たまたま”ですか」
「うっせぇ」
ハーレム様は私を軽々と持ち上げると立ち込める煙の一部かと思うほどしなやかに城の外壁を乗り越えた。
「おい
、おめぇのその卑屈な戦い方一から鍛え直してやる。特戦部隊に来い」
「いやです。きゅうりょう、ほしいので」
「ハッ、いい度胸だ。だが今のお前に決定権はねーぜ」
きっとハーレム様は煙でできているに違いない。始めは苦くてきつくて煙たくて、だけどその奥の甘さを知ってしまうと逃れられない。まるで南蛮人が葉巻をくゆらせながらぷっと吐きだす紫煙のような。ああ、今さっき、黙って死ねたらどんなに楽だったろう。動かない体を抱かれながら私はそう思った。
Fragile Silencer
2010/05/23 2020/11/08加筆修正