※UCエンゲージ「エンジェル・ハイロゥ編」時空

「地球クリーン作戦、ねぇ」
そう独り言ちた大尉は二人掛けのソファーで頬杖を付いたまま私を見上げた。
「どう思う?
「どう、と言われましても」
手元のトレイから低いテーブルの上へコーヒーカップを移し、こちらに目配せする薄ら笑いへと首を傾げてみせる。
本当はたいして興味も無いくせに。
などという野暮はもちろん口に出さず、私は並べた二客のカップのうち左側のカップの前に腰掛けた。
部下の仕事は上官の要求に応えること。つまり時間を持て余した彼にコーヒーを淹れるのも、退屈しのぎの大味な質問に答えるのも私の仕事である。
「クロノクル司令殿は何か高尚な目的をこの作戦にお持ちみたいですけど、結局コロニー落としやバグで人間を殺して回るのと大差ないように思いますけどね。私は」
「だよなぁ」
どうやら私の回答はお気に召したらしい。フン、と機嫌よく鼻を鳴らした大尉は勢いよくこちらに向かって身を乗り出した。
鼻先が当たる程の距離まで顔を近づけ、凝然と私の表情を覗く大尉。長いまつ毛に囲われた薄灰の瞳が僅かに細められたのと同時に鈍痛にも似た甘やかな痺れが体の中心から溶け出るのを感じた。
この仕草は大尉がキスして欲しい時の合図だ。
薄いくちびるに口付けると満足そうに息を吐いた大尉は私の腰を抱き寄せ、直ぐに舌を差し込んできた。

それは勝手知ったる行為のようで、同時に酷く懐かしい気分だった。
あの日。あの夏。彼と共に不死鳥に貫かれた筈の身体は気付けばまた彼と共に「パイロット」という立場を宛てがわれここに存在している。理由は定かではない。しかし、彼の仕草が深く染み付いたこの肉体は紛れもなく私自身のもので、そう感じさせるもつれ合った舌は紛れもなく彼、ゾルタン・アッカネンのものだ。
私にとってそれさえ確かならば何だっていい。

「おい、出来損ない共」
ドアが開く音に続けて盛大な舌打ちと不機嫌な声が飛んでくる。唇を離した大尉と共に声の出所へ顔を向けると、鋭く光ったヘリオトロープの双眸と目が合った。
「ごきげんようアンジェロ大尉」
「ご一行の到着かい」
「貴様らに出撃命令が出ている。「リガ・ミリティア」の艦に向かう輸送機を一機補足した」
私達の言葉に被せた強めの口調が彼の苛立ちをすでに物語っていたが、私がソファーから立ち上がるタイミングで目の前の頬に追加のキスを贈ったのが一層アンジェロ大尉の癇に障ったのかもしれない。
「名前通りまるで獣だな“首輪付き”。所構わず交尾紛いに興じるとは下品極まりない」
そう言い放ったアンジェロ大尉の視線が侮蔑を孕んで再び私へ注がれた。
「俺の部下をあまり虐めてくれるなよ」
ソファーから立ち上がった大尉にまたも腰から体を引き寄せられる。大尉の篭った笑い声が胸元から密着した部分を介して私の身体に僅かな振動として伝わってきた。
「なにもキスくらいで目くじら立てることもあるまい。貴殿にはそういう相手はいないのか?ああ、もう死んだんだったか」
「なに?」
「ガンダムに、無様に負けて」
「ゾルタン!貴様ッ!!」
「何をしている!!さっさと出撃しないか!!」
一際吼えたアンジェロ大尉の拳がすんでのところで止まった。遅れて部屋に入ってきたカテジナ女史から鶴の一声が飛んできたからだ。
「行くぞ
「はい」
行き場の失った拳を震わせるアンジェロ大尉の横を通り過ぎ、大尉の後ろに続く。ところが待機場所としていた応接室を出ようとしたところで急に何かが私の腕を引っ張った。

女の手。背後へ流れる私の体を受け止めたのはカテジナ女史だ。耳元に寄せられた唇からは私にしか聞こえない程度の囁きで言葉が紡がれた。
「私はアンタのような子、嫌いじゃないよ。でも女は男に命を懸けさせてこそだろう?男の道具になって終わる女になっちゃダメよ」
「……ご忠告感謝します」
そうやって都合のいいように扱ったつもりで最期に名前すら呼んでもらえないなら意味ないじゃない。
本音を軽い笑顔に変えて、私は大尉の背中を再び追いかけた。
オールドホームの兵士達
2025/05/01