※「ガンダム・インレ」の設定が出てきます
「
」
「はい」
暗いブルネットの髪を耳に掛け、俺の肩程の位置からこちらを見上げるのは決まって左側からだ。
、と呼べば返事があって、必要なものを持って来る。回答を、報告書を、食事を、薬を。
今となってはそれが日常だった。
「彼女の活躍は聞き及んでいる。強化も無しにこの戦果、実に素晴らしい。つくづくお前はいい拾いものをした」
「御託はいい。何が言いたい」
わざわざ事前に『連れは置いてこい』と注文を付けてきた以上、この秘密通信が任務の話だけでない事は明白だった。
ディスプレイに映る男――モナハン・バハロの前まで俺が同行させた“連れ”はこれまで一人しかいない。
「お前には先ほど話した《フェネクス》を追ってもらう……が、
は別の任務に回す」
モニター越しに発せられた科白はおおよそ想定内の内容だった。
「アイツに何させようってんだ」
「大したことじゃない。ある筋からいくつかMSを譲り受けてな。改修を進めている。それのテストパイロットに据えたい」
「候補など他にいくらでもいるだろう」
「彼女の腕を買ってのことだよ。技術屋によるとどれも非常に有用性が高い機体だそうだ。肚の中身は優秀に越したことはない」
目で疑念を訴えたところで光の粒がかたどる表情はどこ吹く風だ。
無論、流暢な回答は建前でしかなくとも易々と真意を吐き出すようでは今日まで政治屋家業などやってこれまい。
「当然
の代わりは目星を付けてある。エリク・ユーゴ中尉……名門ユーゴ家の娘でな。何かと有能な女性だ」
「へえ。そこまで言うなら相当腕が立つんだろうな」
「パイロットとしての適性も申し分ないさ」
「だったらその有能なお嬢さんにテストパイロットをして頂いたらどうだ?」
成金趣味の灰皿に煙草を押し付け、モナハンは執務机に頬杖をついた。
ゾルタン。
と、さも面倒臭そうな声色で呼ばれたのが鼻について苛立ちが一気に腹からせり上がってくる。
「なぜそこまであれに固執する。惚れたか」
「あ゛?」
「なら似た容姿の女も用意してやろう。それで……」
「名家のお嬢サマと違って、『失敗作』の部下なら『ウサギ』のエサにしても惜しくないと?!」
素知らぬ顔を崩さなかったモナハンが初めて驚いた表情を見せた。
モナハンが映し出されたメインディスプレイの隣。別個立ちあげた端末へと目を通す。
幾重にも開かれた資料の数々は俺と
で独自に集めた情報だ。
その中の1枚、不可解な火星の物資船。不鮮明な画像には『袖付き』の機影と共に先のレジオン戦争で使われたMSらしき影が捉えられている。
モナハンの言う「有用性が高い機体」とはここで鹵獲した機体のことだろう。
――ネオ・ジオンから『BUNNyS』でも手に入ったか。
ティターンズの「OVER THE MIND計画」において核となる、人の命を喰って成長するOS……BUNNyS。
その予想はモナハンの様子からほぼ的中したと言える。
「アイツは今まで俺が躾けて、俺が鍛えてきた。
への扱いは俺に対する扱いと同義だと覚えておけ」
「……わかった。今の話は無しだ」
「フッ、『ウサギ』に"首輪"は付けられんよ」
追って連絡する、と言い残すとモナハンはさっさと通信を切ってしまった。
ナメやがって。
を初めて引き入れた日から全ての任務に
を同行させ、同行を承認されてきた。全てだ。一度たりも俺の管轄から離したことは無い。
それがいきなりテストパイロットだ?
そんなチャチな理由で俺から引き剝がしてやらせる仕事が額面通りであるはずがない。
いつもこうだ。
どいつもこいつも俺から何もかも奪ってゆく。
フラニー。お父さん。ブライアーも居なくなった。訳の分からん実験で身体中切り刻まれ右目も失った。そして今度は――
「まだ足りねえってのかよォ!!!」
力任せに椅子を蹴り飛ばし、部屋の外で立哨中の男が浮かべる愛想笑いに一層イラつきながら通信室を後にする。
俺が常に傍らへ置いているのを知りながら未だ
を自分の所有物かのように使い捨てようとする事も。お粗末な建前で俺を欺けると思われている事も。全てが胸糞悪い。
「行くぞ
」
と、建物の外で待機を命じたのは自分にも関わらず名前を呼びそうになり、なまじ向いた左側の空間へと舌打ちをして足早に基地を出た。
「
!開けろ
!」
「大尉?!」
待たせておいた車を叩けば、ガラス越しに目を丸くした
が手に持った口紅と鏡を片付け座席から飛び出してきた。
「随分早いお戻りですね」
「まったく下らん話だった。帰るぞ」
開けられた後部座席へ身を押し込めると、後から隣に座った
が運転手へ行き先を伝え、景色が動き出す。
「
」
「はい」
左を向けば淡いブラウンの瞳と視線がかち合う。
「次の仕事が決まった」
「あら。ふふ、長い休暇でしたね」
「もしも……お前は置いていく。と言えばどうする?」
僅かに首を傾けた
の髪が一房顔に落ちた。掬って耳に掛けてやる。いつもこいつがそうしているみたいに。
「私は……なんと言われようと大尉のご命令に従うだけです」
「そうだ」
そう躾けてきた。俺の命令は必ず聞けと。だから命令してきた。強くなれと。
弱いから奪われる。弱いから死ぬ。
だから
「お前は俺の言うことさえ聞いてりゃいい」
「はい」
「だから、常に俺の命令が聞こえるところに居ろ。いいな」
そう言うと、曲線を描くブルネットへ這わせた手に自分の手を重ねて
はくすくすと笑った。
「本当に下らない話だったみたいですね」
「返事をしろ」
「はい」
跳ね返った返事は存外楽しげだ。
「大尉が望む限り、私はいつでもお傍にいます。例えご命令が無くとも『要らない』と言われるまでは貴方にお供するつもりです。私自身の意思で。なので」
ふと口を閉ざした
は俺の手のひらへ頬擦りの延長線上でキスを落とした。
「そのための力も、大尉から与えていただいたつもりですよ」
そうして俺に背を向け、またこちらを見ると
は「お疲れになったでしょう。要りますか?お水」と左手でボトルを差し出した。
banish a bunny
2025/05/06