街の景色が赤と緑の明かりに彩られる日、小さなクリスマスツリーが飾られた部屋の中では完了を告げる電子音に弾かれるようにしてオーブンの前へ駆け寄った。
恐る恐る扉を開けると香ばしい匂いの中から出てきたのはきれいな小麦色をしたスポンジケーキ。
崩れた様子もなく行儀よく鎮座しているそれを見ての口からほっと安堵のため息が漏れた。

台の上でそれを冷まし、ふと時計を見るとまだ昼を少し過ぎた頃だった。
後はケーキのデコレーションとチキンの下準備とサラダの用意くらいなのだがそれを作るにはいささか早すぎる時間である。あらかたメドがついたことを確認すると、は朝から準備に追われていた体をくっと伸ばした後、電気カーペットの上へころりと横になった。
体を倒したちょうど目の先にあったのは着信ランプが点滅している携帯電話。それを拾ってメールの送り主を見るとそれは案の定先ほどまで腕をふるっていた夕飯を振る舞う予定の相手。は文面を読むとクスリと笑みをこぼした。

悪事を聞きつけてはNYの街を駆け回る4人の亀達には休日祝日イベント事を考慮したシフトなどはもちろんなく、クリスマスの今日も普段と変わらずフット団の拠点に赴いている。はたまたま仕事の休暇と重なっていたものの、メールの相手、レオナルドは例にもれず街の影となり二本の刀を振るっているのだった。自身、このようなことは覚悟していたのだが先ほど届いたメールいわく『絶対夕方に終わらせる』とのこと。彼が出掛ける前にも必ず早く戻るから、と意気込んでいたが予定通りにいかないことも過去に少なくなく、諦め半分で待っていたの胸にほのかな期待の火が徐々に色濃く灯ってゆく。『怪我しないようにね』とメールを返し、は幸せな気持ちを抱いたまま暖かな床にその身を委ねた。


けたたましく響く部屋のチャイムでは重いまぶたをゆっくりと開けた。時計を見ると夕飯にはまだ少し早いくらいの時間。レオナルドが帰ってきたものだとドアを開けたの目の前に立っていたのは予想外の人物だった。

「あれ、ラファエロ?」

自身の得物を持ったまま息を切らせて待ち人の兄弟がの部屋へとやってきた。彼が訪問してくる用事に心当たりが全くないは疑問を孕んだ声色で問いかけるとラファエロは部屋の中をきょろきょろと見渡したり少々落ち着かない様子で答えた。
「おう。レオナルドは来てねぇか?」
「いや、まだだけど」
「連絡は?」
「お昼過ぎにメールがあったくらいだけど……ラファエロ、どうかしたの?」
の問いかけにラファエロの顔がぐっとこわばる。は何か悪い知らせがあることを瞬時に悟った。
ラファエロは苦い表情で眉間にしわを寄せると重々しく口を開いた。

「レオナルドがまだ戻らねぇんだ」

レオナルド達タートルズは隊を率いて攻め込む通常の戦闘員と違い単身での動きが多い。故にその身に何か遭った時、連絡が付きにくく抜き差しならない状況に陥っている可能性が強い。血の気が引き、サッと全身が冷えてゆくのをは感じた。
「基地を破壊して、それぞれ分かれて撤退したんだが……」
「そ、そんな……」
「単に道草食ってるだけかもしんねぇから落ち着け。な?ドナテロとミケランジェロも探しに行ってるからお前はレオナルドが来たら連絡くれ」
「わ、わかった」
ラファエロは取り乱しそうになるをなだめると、すぐに街並みに消えていった。
レオナルドの身に何かあったのだろうか。今どこにいるのだろうか。怪我は。色々なことがの頭の中を駆け巡る。
今すぐにでも探しに行きたい気持ちを押さえながらラファエロの言葉通り連絡を、レオナルドの帰りをじっと待っていただが明るかった空が茜色に染まりすっかり暗色に飲み込まれてしまっても音沙汰は何もなかった。


昼に冷ましたスポンジはクリームとフルーツの化粧を施しデコレーションケーキへと姿を変える。
つい数時間前までは二人で笑い合いながら食べることを信じて疑わなかったそのケーキだが、今ではその時が永遠に来ないような気さえしてくる。力なくナイフを置いたの不安はピークに達し、心細さが瞳の奥から溢れだしそうになったその時、突如玄関のベルが鳴らされた。
いい知らせか、それとも……。
は脈打つ体をどうにか動かして玄関を開けた。しかしドアの向こうには誰もいない。キョロキョロと左右を確認しても人の姿は見られなかった。なぜベルが鳴ったのかは分からなかったが残念なようなほっとしたような気持ちで部屋の中へ戻ろうとすると背後からぶわっと風が巻き起こり、温かい感触がの体を包み込んだ。



聞きなれた声がの耳元でその名を呼ぶ。
「遅くなってすまない」
「れっ…れれれレオぉ?!」
振り向くとレオナルドが柔和な笑みを浮かべてに覆いかぶさっていた。
「驚いたか?」
「どっ…どこ行ってたのよ!!!」
あまりに普段と変わらぬレオナルドの態度には思わず叫んだ。
「え、フット団の基地に。俺メールしたよな」
「そうじゃなくって……怪我は?大丈夫なの?」
「怪我?おかげさまで怪我はないよ」
「な、なによ~!」
驚きが勝っていたの脳にレオナルドの無事がワンテンポ遅れて認識されると緊張の糸が切れたと同時に溜まっていた感情がポロリと外へ押し出される。いきなり泣き出したを見て次はレオナルドが驚く番だった。
「なっ……、どうしたんだ?!」
「ラファエロが……レオから連絡がないって言ってて……何かあったのかと……」
「あっ」
それを聞くとレオナルドはハッとした表情を見せて頭を掻いた。刀にくくりつけた小さな包みを取り出すとおずおずとの前へ差し出した。
、これ」
「なに?」
「じ、実はクリスマスプレゼント、何がいいかずっと迷ってて、今日急いで選びに行ってたんだ。
エイプリルに買ってきてもらうよう頼んでたんだけど、夜はケイシーとの約束があるから早く来ないと買わないって言われて、基地から撤退した足でエイプリルのところに……」
「連絡もなしに行ったんだ」
「ああ」
そう言われては初めて、レオナルドが未だススだらけであることに気付いた。
「もう、そんなことで家族に迷惑かけちゃだめじゃない」
、俺にとったら『そんなこと』じゃない。大切なことだ」
体重を預けるを受け止めて、レオナルドはそっと髪を撫でた。
「心配かけたな。本当にすまない」
「無事だったならもういいから」
は首を横に振るとぐいっと目をこすり、レオナルドと視線を合わせる。
「みんな心配してるから早く報告に行くこと!それと、ちゃんと謝ってくること!」
「わ、分かったよ」
「分かってない!今すぐ行く!」
「はっはい!」
「夜ご飯、温めて待ってるから」
の言葉を聞いて、レオナルドは満面の笑みで頷くと急いで家族の元へと駆けて行った。
その背中を見送ってからはキッチンへと向かったのだった。
Buscandote(君を探して)
2015/02/20 2019/11/4加筆修正