普段自室に籠って作業をしていることの多いドナテロだが、が彼らの家へ遊びに行ったその日は珍しくダイニングでくつろいでいた。といっても手元には難解な文字の羅列が並んだ本が開かれているが、彼にとってはそんな状況も「リラックスタイム」に相当するのだろう。
「あれ、ドナテロ何食べてるの？」
「クッキーだよ」
「いいなー！おいしそう！」
はドナテロの側にあるクッキーの箱へと手を伸ばすが、絶妙なタイミングでそれは空を舞い、触れることはなかった。視線で追うとドナテロが分厚い本から目を離すことなく、避難させた箱を着陸させている。
「ねえねえドナちゃ～ん、それ、少しちょうだい？」
「これは僕の大切な糖分補給源なんだ。あいにくにあげる分はないね。あと今のってミケランジェロのマネ？似てないけど」
「厳しいなぁ。たくさんあるんだから一つくらいおすそ分けしてくれたっていいでしょ？」
「、冬眠の準備なら他ので間に合わせてくれよ」
ドナテロは意地の悪い笑みを浮かべ、の頬を片手で引っ張った。はすぐさまその手を払いのけると露骨に顔をしかめてドナテロを睨む。
「とう…ドナテロさいってー！
もういい！ミケちゃんにお菓子もらってくるもんね」
はドナテロに背を向けて歩きだすが次に投げかけられた言葉での足は止まることになる。

「と、いうことはこのクッキーはいらないってことだね。
なーんだ。せっかく今分けてあげようと思ったのになぁ。そうか残念だな～」

完璧に遊ばれている。
わかっている。

普段ならこんなわかりやすいからかいに引っかかったりなんてしないのだが今回彼の言葉に立ち止まらざるを得ない理由がにはあったのだ。ドナテロの手中にある手触りの良さそうな化粧箱とそこに押されたマーク。それが愛読しているファッション雑誌の最新号にトップ記事で書かれていたことはの記憶に新しかった。

『独占取材によるメディア初公開★
セレブの間で大注目no.1！
上質な甘さとしっとりとした食感は
一度食べるとクッキーの概念が変わる！』

なんて謳い文句にいささかお高い値段が添えてあったこともしっかり覚えている。

つまり今ドナテロがもぐもぐ食べているクッキーはしがない一般市民のの口にはちょっとやそっとのことじゃ入らない高級品なのだ。できれば、食べてみたい。プライドと食欲の天秤はゆらゆらと揺れた後……コトリ、と後者に傾いた。一旦ドナテロに背を向けたが再度振り向いて念押しを一言。
「今の言葉信じていいのね？」
「がどうしてもお願いしますぅ～ドナテロ様ぁ～～…っていうなら」
「……」
「……はーいはいはい、どうぞ」
がミケランジェロの元へ向かおうと決めたとき、ドナテロはクッキーを箱から2、3枚拾いへと手を伸ばした。
「やった！ありがとう！」
手中のクッキーがふにゃりとの顔をほころばせる。そんな様子をドナテロはちらりと盗み見た後、彼女と視線がぶつかる前に何食わぬ顔で本へと戻すのだった。
「実はこれ食べてみたかったんだ。どんな味だろう！楽しみー！」
「ははっ、なんせセレブ大注目の一品だからねぇ」
「ねー！……え？よく知ってるね、ファッション誌の独占取材だったはずなのに」
は思った。確かその雑誌には『独占取材』かつ『メディア初公開』と書いてあったはず。それは忘れるはずがない。だって『今回ご紹介したクッキー詰め合わせを3名様にプレゼント★プレゼント企画も他の雑誌では取り扱っていません！応募はこちら！』というこれまた甘い罠にすんなりかかり、は付属の懸賞ハガキを全力でしたためたのだから。
「へっ！？あ、ああ……」
反射的に本から顔を上げたドナテロの視線が不自然にさまよう。
「もしかしてドナテロ……」
「なっ、なんだよ」
「『月刊フローラルガーリー』までチェック済みなの？！」
が気づかないくらいのため息がドナテロの口からほぅ、と漏れた。
「ま、まあね。どんな情報がどこで役立つかは分かんないから雑誌は一通り目を通すよ。アンテナは幅広く持っておかないと」
「さすがぁ～！タートルズのブレーンに死角なしね！ではそんなドナテロ様にお飲み物をお持ちします！一緒にお茶しようよ、コーヒーでいい？」
「ああ、サンキュー」


「『独占取材』……そんなことも書いてあったっけ」
パタパタとキッチンへ向かうの背中を完全に見送ってからドナテロはポツリと苦笑いを零した。
「でもまあ結果オーライさ。任務完了、ってね」
本当は大層な理由で女性向けファッション誌なんかを読んでいたわけではなくが好きだと言っていたからこそチェックをしていたこと。クッキーはエイプリルにお願いをして買ってきてもらっていたこと。そしてそれは決して自分のためではなくこうやってとティータイムをこじつけるために用意したこと。……さっきからかって彼女の頬に触れた手が緊張で震えたこと。
の知らない事実達はパタンと閉じられたドナテロの本に挟まれて見えなくなった。