今日はいつもより食料の調達に時間がかかってしまい、やっとクボタくんの卵が手に入った時は
いつもならもうパプワハウスに戻って料理に取り掛かっている時間だった。 ちみっこ達がお腹を空かせて待ちくたびれているのは目に見えている。 本当なら真っ先に帰らなければいけないと分かっていつつも俺の足はそれとは別の方向へ向かってしまう。
だって今の時間なら、あの人は絶対あそこにいるはずだから。

獅子舞ハウスをそっと覗くと、筋骨隆々な男衆の巣窟には似つかわしくない 華奢な体つきをした女性が一人、台所で忙しなく動いているのが見えた。

、今日は魚?」

台所の近くにある窓から顔をのぞかせ俺が声をかけると その女性はハッと顔を上げ、大きな鍋に立ち込める湯気の奥からにっこりとこちらに笑いかけた。

ハーレム隊長はあの頃、俺が特戦部隊を離れることをなんとなく察知していたのだろう。 まるで俺の後釜として連れてきたかのように、俺が特戦部隊を抜けることになる数ヶ月前からやってきた一人の女性。 女性と言ってもどちらかというと女の子、というニュアンスのほうがしっくりくるような子だ。 濃い男所帯の中でひなげしのように優しくも凛と立つ姿はとても可憐だった。

「あ、リキッド!うん、今日のメインディッシュは竜田揚げにするの。 ハーレム隊長ったら肉しか食べないんだから……まったく、だからあんなオヤジ臭がするのよ!」

魚をさばきながら一人ごちる様子がつい自分の姿と被ってしまう。

「ハハ、ご苦労さんだな」
「そっちこそ舌の肥えたちみっこ様の食事は大変でしょー?」
「ほんとそうだぜ!俺、赤の番人の役目全うする前にちみっこどもの世話で過労死するかも」
「あはは!お疲れさま。そんなリキッドくんにはこれをあげよう」

わざと大げさに疲れたそぶりを見せるとはコロコロと鈴のような笑い声を上げた。 そして一旦魚をさばく手を休め、大皿に盛った料理から飴色に光る何かを 一つ爪楊枝で刺し、俺に渡してくれた。

「大学芋!」
「今日の箸休め。疲れたときには甘いものがいいからね」
「おー、相変わらずいい味付けだな」
「えへへ、どうもありがと」
「あ、そうだ」

俺は後ろに担いでいるカゴから小さな貝殻を手に取った。

「さっきたまたま見つけたんだけど、こういうの好きだろ?やるよ」
「わぁ、綺麗な貝殻!リキッドありがとう!!」

たまたま、なんて言ったけれど、実を言うとこれを探していて食糧集めに時間がかかり、 これを渡したくて俺はここへ来たのだ。

「いやいや、いつもちみっこ達がお世話になってますから」
「もう完璧に主夫だね、リキッド」

彼女に渡すのなら金銀プラチナの伊達ごしらえした装飾品よりも (まあこれもいつかはプレゼントしたいけど)美しい色の花や貝殻。 こっちの方がは喜んでくれる。 俺がまだ特戦部隊にいた頃にもどっかの馬鹿な男どもが金目のものをちらつかせてに言い寄ってたみたいだけどはそんなやつらなんか絶対に相手にしない。 むしろそういうやつは嫌いだってことを俺は知っている。
そして俺はのそういうところが大好きだったんだ。
いつか俺が結婚して、嫁さんをめとるなら、みたいな……いや、がいいとずっと思っていた。

だけど俺はもう赤の番人としてこれから果てしない時間を生きる。 番人の役目を引き受けた事は間違った選択だと思ったことはない。後悔はしていない。 だけど彼女や、他の人とは歩む道のりが違いすぎるから この願いは永遠に叶うことはないし永遠に想いを伝えることもない。
分かっている、分かっているさ。


「リキッド、どうかした?」
「……いんや、早く帰らねぇとロタローとパプワにマジで殺されちまうな」
「あっ、引き止めてごめんね」
「いや俺が勝手に来ただけだから。じゃあ」
「うん、またね」

の白い手が揺れて風に溶ける。

夢はいつか覚める。
君はきっと夢で、始めから夢で、これから俺の人生におけるほんの一瞬に落とされた夢で、
だからこの胸を叩く痛みもきっと夢なのだ。
ああ、それでも君が誰かの道に寄り添い歩くその日まで

ゆ 許されるなら、あなたの側に

居たいと願ってしまうのだ。