私が昔CGSに卸していたのは医薬品やクリュセ市内で仕入れた煙草、お酒などの嗜好品。どれも大人達との取引ばかりだったからアトラと違って参番組との交流はほとんどなかったけど、いつも輪の中心にいた彼は傍目から見ても一際存在感があった。
みんなを訓練へ引き連れたり。時には前に出て誰かを庇ったり。見かけるのはいつだって頼もしい後ろ姿。
だからそんな彼の背中がある日ぐったりと私の配達車へもたれかかっていた時は思わず息を呑んだ。
「アンタの車か。邪魔したな」
納品が終わって戻ってきた私に口ではこう言ったものの、顔を苦痛に歪ませた彼は立つこともままならない。ふと手で押さえているお腹の辺りが赤黒く染まっているのが視界に入って心臓が痛い程跳ねあがった。
「て……手当て、しないと!」
「いい」
バックシートから在庫の包帯や薬を引っ掴んで駆け寄っても、横に首を振り突っぱねられてしまう。
「前やった傷が開いただけだ。それに……そんな贅沢な介抱されちゃあ、盗んだだのなんだのってハエダ達に難癖付けられちまうよ」
そう言って褐色の長い指は私が持っているごく普通の、贅沢なんて程遠い消毒薬を指したのだった。
CGSの大人達が参番組に対して風当たりが強いのはここに出入りしていれば嫌でも気付く。でも、こんな言葉が出るほどひどい扱いを受けていたなんて。今しがた執務室で会ったばかりの顔ぶれが頭をよぎり、怒りより先に大きなショックが体を駆け巡った。
「なあアンタ。悪いがビスケットを呼んできてくれねぇか。俺らの仲間で、帽子を被ってるヤツなんだが……」
「ビスケット……さん、ですね。分かりました」
今ここで強引に手当てしたっていい。するべきだったかもしれない。だけど生半可に手を差し伸べて彼らの秩序を踏み荒らすのが本当に『正しい』だろうか。
分からないから。ならば、せめて。
「このくらいならバレずに持ってられますよね」
代わりに車から取り出した錠剤をいくつか彼の胸ポケットに押し込んで、一回分を水と共に彼へ握らせる。鎮痛剤だと伝えると、金色の瞳の奥がふっと和らいだ。
「すぐに呼んできます。えと、オルガ、さん」
「オルガでいいよ。アンタの名前は?」
遠くから見つめるだけだった彼の、初めて私に向ける優しい眼差し。優しい声色。
あの時、あの瞬間に私は彼を、オルガのことを好きになったんだと思う。
「
」
渋い声で名前を呼ばれ、私の思い出話はここで打ち止めとなった。
「ストップ。もういい」
「ユージンから聞いてきたんじゃん。好きになったきっかけ」
「いやなんつーか……オルガの前だとお前、妙にしおらしいとは思ってたけどよ。まさかCGSの頃から惚れてたとはなぁ」
そう言ってスーツのポケットに手を突っ込んだユージンの唇は綺麗にへの字を描いている。
「んふふ。ヤキモチ妬いちゃった?」
「そこまでガキじゃねぇっての。昔の話だろ? それに……」
むっとした表情がなんだかカワイくてほっぺをつついたら、ユージンは更に不服そうな顔をして「先にお嬢達のとこに戻る」とついに踵を返してしまった。
ねえオルガ、気付いてた?
私こんなに前からオルガが好きだったんだよ。
ずっとずっと、あれからいつもあなたの背中を見つめ続けてきた。
でも。それは今日でおしまいにする。
「じゃ、またね」
石板に触れた薬指がかつん、と音を立てたとき、トウモロコシ畑から吹き抜けた風がふわりと懐かしい匂いを運んできた。
もう遅いんだから。
今更後悔したって遅いんだからね。もし今目の前に現れたってオルガのこと、選んでやんないんだから。
そう心の中で叫んでから、黄金色のクセっ毛が揺れる背中を追いかけ走り出した。
や やっと、君に打ち明けられる