突然鳴り出したけたたましい音で、夢の中へ沈んでいたアラシヤマの意識が引き戻される。ぼやける視界の中あたりを見回すとアクアブルーに点滅する携帯電話が目に入った。音の主はこれだ。時計を見やると針は午前3時を過ぎた頃を指している。こんな時間に電話をかけてくるような人間は一人しかいない。
いつもなら飛び上るほど嬉しい着信も、今日ばかりは苦々しい思いで通話ボタンを押した。
「はいもしもし」
「遅いぞアラシヤマ!」
電話に出ると開口一番、総帥であり心友の怒号がまだ覚醒しきっていないアラシヤマの脳天へ飛んでくる。
「なんどすかシンタローはん。こんな夜中に」
「例の国が動いた、出撃準備しろ」
シンタローの口から飛び出したのはアラシヤマが請け負っている仕事の国名。長い間硬直状態が続き手を焼いていたのだが、ようやく動きがあったらしい。
「おめぇの管轄だろ。さっさとしやがれ」
つい数時間前に交わされた会話を思い返し、アラシヤマの顔が曇った。
(主に童顔忍者の作り出す)数多の試練と壁を乗り越えやっと掴んだ愛おしい生涯の伴侶、
。仕事が多忙を極めていた中、久しぶりの休暇が与えられたアラシヤマは家に帰るとその旨を一番に報告したのだった。
「
、わて、明日一日休暇もらえたんどすー!」
「え、ほんとに?」
アラシヤマの言葉に
は瞳をパッと輝かせた。その様子に目を細めながらアラシヤマは更に続ける。
「そやから久しぶりにどっか出かけひょか。どっか行きたいとこあらへんどすか?」
「あのね……あ!でもアラッシー最近働きづめじゃん。私の事は気にしなくていいから、たまにはゆっくり休みなよ~」
は何か言いかけたものの、ハッとした表情を見せ笑顔を作った。そんな自分を気遣う様子をアラシヤマにとっては愛しくて仕方がない。とろけるような視線で
を見つめ、アラシヤマは答えた。
「そないなことあらしまへん。どこがええんどす?さっき言いかけてましたやろ?」
「えっと、実は……先週から始まった映画観に行きたいなーって思ってたんだけど。夕方のやつでいいから一緒に行ってくれる?」
「もちろんどす!わて、朝一でもレイトショーでも付き合いまっせ!!」
「えへへ、ありがとアラッシー!」
今から出撃と言う事は明日の休みはもちろん返上。仕事柄このようなことは珍しくもなく、こんな夜更けに電話がかかってきた時点で予想はついていたのだが、隣を見ると顔を半分枕に埋めて寝息を立てる
の姿。胸が痛むが総帥の命令は絶対だ。
「迎えの車、そっちに寄こすから10分で支度しろ」
「……了解どす」
シンタローはアラシヤマの言葉を聞くなり乱暴に通話を切った。
アラシヤマは深いため息をつくと隣に居る
の肩を優しく揺り起こした。
「
、
」
何度か声をかけると眩しそうに目をしかめ、
が目を覚ます。
「アラッシー?」
「
、起こしてしもてすんまへん。総帥から徴集命令が出たさかい行ってきますわ」
「えぇ?今何時?今から?!」
体を起こそうする
をアラシヤマはやんわりと制し、ベッドに寝かしつけると彼女の体にそっとブランケットをかけ直した。
「まだ夜中どすえ。すぐ行きますよってからに
は寝とっておくれやす」
ぼんやりと彼の顔を見つめる
の頬に軽いキスを落とし、アラシヤマはベッドから起き上がり寝室を後にした。
制服に袖を通すと急いで身支度を整え、アラシヤマは家の前で迎えの到着を待った。ほどなくすると遠くからキラリと光る明かりがこちらへ向かってくる。こんな夜更けに通る車なんてほとんどない。アラシヤマは迎えの車だと認識し、歩を進めた。
「アラッシー待って!」
「
?!」
その時、カンカン、と階段を下りてくる足音と共にカーディガンを羽織った
が姿を現した。
「寝ときなはれ言うたのに……」
「ごめんね。でも、これ」
そう言って
は小さな袋をアラシヤマに手渡す。
「なんどすか?」
「おにぎり。こんな時間に収集かかるって事はそのまま敵地向かうんでしょ?何か体に入れておかないと」
「……おおきに。ほんますんまへんな……明日……」
アラシヤマが自分の肩ほどのところにある
の頭を撫でると若干の間を置いて、
はフルフルと最小限の動きで首を横に振った。
「帰ってきたらうめあわせして」
「……了解どす」
「気をつけてね。いってらっしゃい」
こうして潰した予定が過去、何度あっただろう。今にも閉じてしまいそうなねぼけまなこを必死に開けて手を振る愛妻をアラシヤマは一度だけぎゅっと抱きしめた。
誰かと一緒に居ることは、心を通わせるとこはこんなに幸せなことなのか。アラシヤマはまだ温かい包みを大事に抱え、薄暗がりの中で近くに停まったライトへと駆けていった。
た たくさんの、ありがとうを、君に。