「達也、今度ケーキ食べに行かない?っていうか行きたい!行こ!」
「あ?ああ、構わねえよ」
いつもなら向こうからお誘いの際は先ず「お伺いを立てる」がいつになく強引に木村を連れだしたのは、繁華街の大通りから一筋裏にある小さなカフェテラスだった。
ご機嫌な足取りで先導する。しかし目的地へ近づくにつれ、通りがやけにしんとしているのに違和感を覚えた木村のカンは正しく、の指さす建物にはガラス張りの壁にしっかりとブラインドが下ろされていたのであった。
「定休日、だってよ」
「そんなぁ~!」
ドアにぶら下がる「CLOSE」のプレートを木村がつつくとの肩が落胆の声と共にがっくりと落ちてゆく。
「ははは、運が悪かったな」
「うん」
「……また今度開いてる日に来ようぜ、な?」
「うん」
「あ、あっちにのスキな店なかったっけ?コーヒーゼリーがうまいって言ってた」
「うん」
違和感、といえば今日の彼女もどこかヘンだ。
予定していた店が閉まっていたという出来事に対して俯いたの表情はあまりにひどい落ち込みようだし、他に食べたいモノなら普段木村が黙っていても候補を挙げる唇も代わりを告げるのをためらい閉じられてしまっている。
いや、そもそもヘンなのは「今日」じゃない。誘い文句からいつもと違っていたじゃないか。デートの約束を交わした日をぼんやりと思い起こしながら木村は無造作に頭を掻いた。
――さて、どうしたものか。

あやすようにそっと背中に触れ、木村はの顔を覗き込む。視線の合ったは小さなため息ををひとつつき、気落ちした顔を弱弱しく上げた。
「ごめんね、定休日調べてなくって。ほかのお店行こっか」
寂しげな色を残したまま笑顔を作るに合わせて、木村も頭の中の疑問はいったん置いたまま、努めて明るい声を投げかけた。
「そうだな。んじゃ今日はどこ行く?」
「えっと、とにかくケーキの食べれるとこがいいな」
「はは、なんか誕生日みてえだな」
するとはまたもや立ち止まり下を向いてしまった。何かマズいコト言ったか?一瞬焦る木村だったが、の表情はさっきの曇り空と違い、夕空色に染まっていた。
「……そうなの」
髪の毛をくるくると弄りながらは照れ笑いを浮かべた。
「実は今日ね、達也と私の「まんなかバースデー」なんだぁ」
「まんなかバースデー?」
耳に入った聞きなれない単語を木村が繰り返せば、カールした毛先がこくこくと揺れた。
「この前テレビでやってたんだけど、誰かと誰かの誕生日のちょうど中間の日を世間ではそう呼ぶそうで」
「ほう」
「達也の誕生日って、10月10日でしょ?私の誕生日と調べてみたら今日なんだよね、まんなかバースデー」
「で、ケーキってワケか」
の誘い方。翳った表情の理由。姿を現した違和感の正体を知り安堵交じりに吹き出した木村を見て、は更に頬を赤く染めた。
「ここのケーキすっごくおいしいから今日来たかったのよ……考えがコドモだって分かってますぅ」
「言ってねえし。カワイイなーって思っただけだよ」
「もー、テキトーなコト言う」
照れ隠しか、はそう言うとつんと木村から顔を背けた。木村は、髪を耳にかける動きに合わせて形を変える柔らかなウェーブのシルエットをまじまじと見つめていた。
白い首筋にかかった髪はよく見れば普段と違う華やかなカールが施されている。手元にはお気に入りだと言っていた指輪、視線を移すとあまり着ているのを見ないネックラインの広い服に胸元のネックレスが光っていた。
「まあ何にせよ、ケーキにこだわるちゃんの謎が解けたぜ」
その先に続くなだらかな曲線まで人知れず確かめた後、木村は無意識に唇を舐めるとの手を取り、今度は自分が先導して元来た道を戻り始めた。
「別の店探しにいこうぜ。せっかくオシャレしてくれたんだからとびっきりのやつ買わねえとな」
「あ……うん!」
は、はっとした表情の後にとろけるような笑顔を見せ、木村の隣へと並んだ。
「候補ある?」
「あっちにあるケーキ屋さんもおいしいよ。中では食べれないケド」
「なら買って別のとこで食ってもいいよな」
「そっか、そうだよね」
そう、ケーキは別のところで食べたっていい。
例えば二人でゆっくりできる綺麗な部屋で、お腹がいっぱいになれば寝転べるベッドがあるようなところ、とか。
嬉しそうに自分の腕へ頬を寄せるへ向けた笑顔の下に

し 下心を忍ばせて



木村はこの後のプランについて、邪な計画を密かに企てるのだった。