名前を呼ばれた、という事象を脳が把握したのは声が聞こえてからしばらく経ったあとだった。
「
」
返事をしなくては。頭では分かっているのに体は思うように動かない。
大尉。
声がした方向へ掛け布団の隙間からどうにか手を伸ばせば、自分より一回り大きな手のひらがそれを掴んだ。相変わらず冷えた手をしていた。まだ眠っていない人の体温だった。
どうしましたか?眠れないのですか?
うまく言葉に成ったかは定かではないけれど、そう言うと掴まれた手を引かれ抱き寄せられる。肩のあたりへ顔を押し付けられ、うっすら開けた目は彼の表情を映す間もなく一瞬で何も見えなくなった。
「お前は、俺を見捨てないよな」
これは現実だろうか。はたまた夢だろうか?頭がふわふわとして判断がつかない。
大尉の素肌が甘く香ってうっとりとまた目を閉じる。凛と張りつめた寒気の中にラムとバニラが煙るような、そんな香り。私はそれをいつも『冬の匂い』みたいだと思うのだった。
「
」
きっと、きっと次に耳障りのいい言葉が聞こえたらこれは夢で、そうでなければ現実だ。
「誰にも、何にも奪われるな。死ぬまで此処に居ろ。
」
「分かっています、大尉」
脚を絡めて、僅かな隔たりすら惜しいほど密着して頬をすり寄せる。
いいじゃない、だってこれは夢なんだから。私の欲しい言葉だけを紡ぐどこまでも甘い夢。
大尉。
貴方のご命令は必ず守ります。
私の帰る場所は貴方の元以外にありません。
私の全ては貴方の物です。
繰り返し伝えてきた言葉のその先も……今は夢だから言ってもいいでしょう?
「だから誰よりも先に私の名前を呼んでください。私を傍に置いてください。要らないと言わないで。愛して欲しいんです。私だけを。
私の願いは貴方の
い いちばんになりたい
それだけなのだから」