「もー、またダブったー!お財布お財布……」
「まーだやるんだべか」

目の前で背中を丸めてしゃがむ恋人へ、精一杯皮肉を込めて問いかけたミヤギだったが彼の真意は彼女の一言で軽くいなされた。

「だってシークレットレアのやつ、絶対欲しいんだもん!!」
「っつーか、その歳でそげなもんの前に座り込んでる自分の姿に疑問はないっぺか?」
「背中に筆背負ってるような人に言われたくありませーん」

そげなもん、とはコインを入れてレバーをひねるとカプセルに入った商品が出てくる自販機である。ミヤギにはよく分からなかったが、は最近とあるシリーズのそれがいたくお気に入りらしくこうやってお目当てのものを道端で見つけては100円玉をつぎ込んでいる。
そして

「あ、100円玉無くなっちゃった。ミヤギ~」
「断る」
財布から100円玉がなくなるとミヤギにせがむのが常だ。次の言葉を聞かずとも何を言いたいか分かった ミヤギはが言い終わらないうちにぴしゃりと釘を打った。 初めのうちは100円くらい可愛いお願いだとミヤギはその度に聞いていたのだがたかが100円、されど100円。会うたびに何回もせがまれていては結構バカにならない。

、昨日おらがいくらくれてやったか忘れてねーべな?!」
「え?えーっと……」
「600円!600円もおめにやったんだべ!
昨日だけじゃねぇ、前からその訳わがんねぇやつにいくら貢いでやったと思ってんだ!自分で両替して来い!!」
「そ、そりゃあ今までのことは感謝してるよ?でも両替機なんて近くにないもん!」
「そこのコンビニでガムでも買ってくりゃいいべ!」
「100円玉作るのにわざわざ買い物しなきゃなんないなんてヤダ!お願い!あと100円だけでいいからさ……ね、みやぎぃ~、みやぎさまぁ~」

は小首をかしげ、上目づかい(と言ってもはしゃがんでいるので必然と上目づかいで彼を見ることになるのだが)でお願いのポーズを作った。ミヤギが小さなうめき声を上げてたじろぐ。ミヤギはそのしぐさにめっぽう弱かった。
そしてもミヤギがそのしぐさにめっぽう弱い事を知っていた。

「ひゃ、100円だけだべ!それ以上は絶っ対!!!絶対やんねーっぺ!!!」
「わーい!さっすがミヤギだっちゃー!」
「トットリの真似したってこれ以上はねーがらな?!」
「分かってるよぅ」

しぶしぶ財布を開くミヤギからコインを受け取るとはレバーを回し、 わくわくとした面持ちで出てきたカプセルを開けた。

「あ!」

「ん?」

「で、でた!」
「デデ太?そのキャラの名前だべか?」
「違う!シークレットレア!すごい、やっと出たよ!!」

まるで花火が上がったかような笑顔を見せて、はミヤギに熱い視線を送る。 小さな子供みたいに手放しで喜ばれるとさっきまで胸の内にあった不満が消えていくようだったが そうやすやすと気持ちに整理をつけるのも癪だったので なるべく抑揚のないトーンで

「ふーん、良かったな」

とだけミヤギは言った。しかし、はお構いなしに

「ミヤギぃぃありがとう!!大好き!!!」

とハイテンションでミヤギの左腕に自身の腕を絡ませぴったりとくっついた。

「馬鹿!でっけぇ声で、そげなこと言うんでねーべ!!」

慌てふためくミヤギだったが、またもやそんなことはお構いなし、といった様子で小さなビニール袋をはぎ取り、中に入っていたものをミヤギの顔の前へ差し出した。

「ミヤギ、はい」
「何だべ」
「あげる」
「はぁ?」

あれだけ欲しい欲しいとわめいていたものを、すぐに人手に渡すとはどういうことか。
ミヤギがの手から受け取ると、それは見るからに女性が好みそうな 可愛らしいクマのマスコットがついた携帯ストラップだった。 こんなもの、もらったところで……と言わんばかりに嫌そうな顔をしながら眺めていたが、 マスコットをひっくり返すとミヤギは目を見開いた。
正面からは見えなかったが、クマのマスコットの背中には「安全祈願」と書かれている。

「このシリーズ、お守りバージョンになっててね、シークレットレアが『スーパー安全祈願』だったの。ミヤギが大きなケガしないで任務から帰ってこれるように。あげる」

全く、ひゃくえんひゃくえんとガキんちょみたいなワガママを言ってたかと思えば……。ミヤギは頭がくらくらするようだった。
いつもそうだ、彼女のペースに引き込まれて結局彼が振り回される。 普段はどちらかというと振り回すタイプのミヤギにとってそのような存在は稀だった。

「……おら、こんな女が持つようなもんはつけねーかんな」
「うんいいよ」

ミヤギはやはり悔しくなって精いっぱいの抗いを続けるが それもにとってはのれんに腕押し・豆腐にかすがい・ぬかに釘。

「ミヤギがちゃんと無事に戻ってきてくれたらそれでいいから。それも私の気休め、っていうか自己満足だしね」
「まあ、財布ん中に入れとくぐらいはしてやってもいいべ」
「はいはい。ありがとね」

困ったように笑うの額にびしっとデコピンを食らわせて ミヤギはその腕を解かずに歩きだした。

大体自分の金で買ったようなものだから自分が持つのは当たり前だ。
そんなチンケな願掛けがなくとも怪我などしない。
といるとペースが崩れる。(それはとても不愉快だ。)
色々な事をミヤギは思った。

だけどそれ以上に今は、ただ純粋に

ひ 左側のあたたかさ

がたまらなく愛おしいのだ。


「あーミヤギくん、その筆についてるクマちゃんストラップ可愛いっちゃねぇ」
「うるせーべ!トットリ!」